あわただしい労働の日々を抜けだし、異国の河岸に繋留された船の上で半ば隠遁生活を送る「彼」。彼は動かない船の中でただ「待機」する。一見悠々自適の毎日だが、静止した水鳥が水面下で激しく足を動かしているように、彼の思考もまた足下を深くえぐってゆく。それは「ぼんやりと形にならないものを、不明瞭なまま見続ける」ことであり、形にならないものとはおそらく「命の芯」のことだ。本、音楽、ときたま訪れる人々。それらによって船の外の河岸は自由に時空を移動する。
そんなふうにして、彼は内面に訪れていた「内爆」という危機をいったんやりすごす。でも、それで何かがはじまるわけではないし、終わりもしない。彼の年上の友人枕木さんがいうように、生きることとは外に身をおくことであり、外に身をおくことは、日常をあたりまえに過ごすことなのだ。
雨上がりのさわやかさとはほど遠い肌寒さに出迎えられて、西武池袋線の東久留米から歩き始める。
駅舎からすぐそばにテラスがみえるのだが、そこにたどりつくにはいったん駅の外に出て、見つけにくい階段をのぼっていかなくてはいけない。富士見テラスという名の通り眼下に一直線に伸びた道路の向こうに富士山があるらしいのだが、この季節この気候では影も形もみえなかった。
目的地は先日行きそびれた滝山団地。なんで滝山団地かという理由はミーハーで、そこの商店街が映画『転々』のタイトルバックに使われたからだ。
めずらしく、神業のような舵捌きですんなりと目的地にたどりついた。三浦友和とオダギリジョーが通り抜けた既視感のある風景。オレンジがころがってきた八百屋、女子高生がでてきた音楽スクール。とても短いのだが映画で見たとおり活気のある商店街だった。
いわゆる下町情緒というのは下町と呼ばれる場所には今も昔も存在しなくて、幻想だと思っているのだけど、団地の中にはひょっとしたら実在するのかもしれない。中心部をはずれると一気に静かになって、年月を経た単調な建築物がキリコの絵のように孤独に立ち並ぶ。団地という空間はかなり好きな場所なのだ。
そんな団地とおさらばして車両行き止まりという路地に迷い込んだら、人も行き止まりだった。字義上間違っているわけじゃないけど、人も通り抜けられない道を車両行き止まりと表記するのはやめてほしいものだ。
中央線の駅にたどり着こうと思っていたけど、西武新宿線の田無に到着。
タリーズで、近くの席の2人の女性の会話を聴くともなく聞いてしまう。血液型と性格にはなんの関係もないよ、とつっこみたくなる。学校でちゃんと教えればいいのに。
ジュンク堂は(新宿店だけでなく池袋店も)ほんとうに大きいけど、ぼくだけかもしれないが、不思議に本にかこまれる楽しさが少ない場所だ。図書館のようにびっしり並べられた書棚に圧迫感を感じるからだろうか。謎だ。
骨折しがちなスポーツ選手のように、最近すっかり雨がちになってしまった休日だが、今日はもう大腿部複雑骨折のような本降り。イレギュラーにめぐってきたチケットがあったので、六本木の国立新美術館で開催されているモディリアーニ展へいく。
アフリカ美術に影響をうけたプリミティヴィスム時代の人体のデッサンをみていると、人体のポーズというのも言語の一つで、ポーズの取り方ひとつでとても強いメッセージを発することができるんだなと思った。ダンスのおもしろさというのもたぶんそこにあるのだ。少しあとのカリアティッド(ギリシア建築に使用される女性の形をした柱。腕を上にあげてささえている)のシリーズでは、まるで盆踊りをしているようなポーズをとらせていて、躍動感を感じた。
でも、やっぱり彼の描いたポートレイトには強い磁力がある。首が不自然に傾けられて、鼻筋が誇張された、異形といってもいいような顔なのだけど、そこにリアルに人物が存在するように感じてしまうのは、たぶん彼らの眼のせいだ。生き生きしているわけではないむしろ虚ろな視線で、何かを訴えかけているのだ。たぶん自分がそこにいるということを。
おもしろいのが、カリアティッドの時期までは躍動していた身体がポートレイトではまるで存在を押し隠すかのようにこぢんまりとしていることだ。顔がまるで身体そのものであるかのようだった。
ヒルズを通り抜けて麻布十番まで軽く歩く。商店街でKY靴店という店を発見した。ランニング、ショートパンツ姿の人にゴム長靴を売りつけたりするのだろうか。
ずっと試してみようと思っていたタリーズの黒ごま豆乳ラテをようやく味わうことができた。コーヒーをあまり感じない和菓子テイストあふれる甘さだった。
汐留で食事をしたあと、上野にいって4月末に移転オープンしたヨドバシカメラをのぞいてみた。従来よりは広くなっているが、思ったより狭い。開店早々にも関わらず、賑わいが今ひとつだったのは、すぐそばの秋葉原まで足をのばしてしまうせいかもしれない。
- 天気
- 雨
- イベント
- 国立新美術館:モディリアーニ展
- 写真
- 4/17
- 飲み食い
- タリーズ(麻布十番):黒ごま豆乳ラテ-490円
- 古奈屋(汐留):あなご天カレーうどん-1350円
絶妙にエアコンディショニングされた空気。スカイブルーがどんな色だったかようやく思い出した。
もともと東久留米市の滝山団地を目指すつもりだったが、池袋で西武線でなく東武線に乗ってしまった。ちょっと助走をつけるくらいのつもりだったのだけど、和光市から先で東武線は大きく北に弧を描くので、西武線との間は飛躍的に開いてしまうのだ。
そのことを知ってか知らずか(もちろん知らないわけだが)、ぼくは朝霞から歩き始めた。
太陽の傾きを頼りに歩いているうちに膝折という見知った地名が現れた。膝が折れるだなんて散歩者には縁起でもない地名ということもあり、なんとなくこちらではないのではないかという感想をいだいた。そこで起動したナビウォーク。中継地点と目していた清瀬を検索してみたら、陽光の中かえって見にくい画面上にあらわれたコースは今まで歩いていたのとちょうど正反対だった。それに従って歩けども歩けども、清瀬の気配はどこにもなかった。それなのにだんだんあたりがにぎやかになってきて、駅が近いことを暗示していた。わかってしまえば話は早くて、それはスタート地点朝霞の隣駅朝霞台だった。むしろ朝霞より清瀬から遠のいてしまった。
なんと、ナビウォークは歩くのではなく、電車を使って移動する方法を提案してくれていたのだった。ああ、なんたる親切、深慮遠謀。ぼくは「申し出はうれしいのですが」と、やんわりその提案を断ったものの、そのあとどうしていいか完全に途方に暮れてしまった。どんなふうに途方に暮れたかは、今日の散歩コースの朝霞台駅近辺に如実に表れている。
気を取り直して、とりあえず歩けるところまで歩くことにした。できれば東京都の土は踏みたい、そんな思いで。途中からは野火止用水沿いに進む。左手には密林のような平林寺の境内。写真に撮るものは花くらいしかなくて、ツツジやハルジオンにレンズを向け、実はツツジが本命で1枚くらいは使えるんじゃないかと思っていたが、なんとまともに写っているのは1枚もなかった。さすがにちょっと下手すぎるな。
一度用水を見失うが再び合流して、以前も一度こうして用水沿いを歩いたことを思い出した。気ままに歩いているつもりでも、川がひとつに集まるように、同じところを歩いてしまうのだ。
そして今度はほんとうに用水から離れて細い道に足を踏み入れると、はるかかなたに西友が浮かび上がる。西武池袋線の清瀬駅前だ。ようやく東京都の土を踏む。遠かった。今までの散歩の最長タイ記録だ(途中、flickrでお世話になっているMさんのお住まいの前を通ったかもしれない)。
清瀬ではなぜだかいつもドリンクバー、と川柳でしめてみる。
今日もまた締め切った物置のように薄暗い空と羽虫のような霧雨。さらに、ぐずぐずして14時30分をすぎてしまったことや、体調がしゃきっとしないことなど、悪条件が重なる中、一気に大船までいって、度肝を抜く。抜いたのがだれの度肝かまでは知らない。
大船は神奈川県鎌倉市に属する街だが、山で隔てられているし、鎌倉市に編入されたのも1948年で(鎌倉の歴史を考えれば)比較的最近のことなのだ。鎌倉の一部というより独立した街のように感じる。駅に直結したルミネウィングもあるし、駅前の商店街も長くて賑わっている。
住宅地の間を抜けていくと、山がだんだん間近に迫ってきた。だが、行き止まりになったり、山道に迷い込むことなく、ちゃんとトンネルで抜けられるようになっている。トンネルを2つくぐって鎌倉の中心部に近づいたかなと思ったのは大きな勘違いで、北側の鎌倉湖畔の方だった。湖畔といっても実態は散在ガ池という公園の中の池らしいのだが、今回はもう公園が閉園直前だったので見ることはできなかった。
高台の住宅地で、紫色の大振りな花を見つけて写真を撮っていたら、にこにこと笑った野球帽のおじさんが「珍しいよね。何という花だろう」と声をかけてきた。もちろんぼくにはわかりようがなかったが、おじさんは「ナンテツ」じゃないかなと一人で仮説をたてていた。「へえ」と感心してみせたら、「いや、わからないけど」と自信なさげだったが、やはり、あとで調べても、ナンテツという植物はどうにも見つからない。で、検索パワーを駆使したところ、クレマチス(またはテッセン)の品種のひとつで、おそらくはH.F.ヤングではないかと思われる。おじさんはたぶんテッセンといおうとしたのではないだろうか。(撮った写真はピントがずれていたので不採用。ほんとうに写真へただな、自分。)
急な階段を下った先は四方を山に囲まれた盆地に思われた。道が続いているのかどうか不安になったのは杞憂で、ちゃんと道伝いに北鎌倉の駅近くまで抜けられたのだった。どうせだったら隣の鎌倉まで歩いてしまおうと思ったのは、ちょっと失敗で、隣駅とはいうものの、北鎌倉と鎌倉の間は「どうせ」という言葉では済ますことのできる距離ではなかった。
疲れて、入ったのは、鎌倉駅近くのスーパーマーケット、ユニオンの2階のローズカフェという店。横浜の元町にもユニオンというスーパーがあり、そこの2階にもローズカフェがある。本家はこちら鎌倉だ。横浜にはカレーがメニューにあったのだが、こちらはサンドウィッチがせいぜい。そこで、クロックムッシュとおすすめのコーヒーを注文した。クロックムッシュはかりかりしていてなかなかの美味、コーヒーも深煎りでおいしかった。
帰りの電車で向かいの席に座っていたのはベトナム人の若い男性と、それよりは年上のメガネをかけた日本女性。日本の会社はベトナムに比べて休みが多くてうれしいらしい。向こうでは土曜は出勤で、祝日もあまりないらしい。まあ、日本で祝日が多いのは、有給休暇が消化しづらいから、その代替という意味もあるんだけどね。
メモリーカードを忘れたことに気がついたのは渋谷に着いたのとほぼ同時で、そのせいでそこから吉祥寺に出るという選択肢はあっけなく潰えた。肩に提げたカメラがこのまま無用の長物になってしまうのもしゃくなので、ビックカメラで買うことにしたが、思ったより高かった。たぶん秋葉原だったら半額近くで買えたかもしれない。
空は暗く、ときおり霧のような雨がぱらつくあいにくの天気。本格的な雨を降らさないでいてやるんだから我慢しろといわんばかりの傲慢な気候だ。
昨日歩いた道を再現する感じで、宮下公園から青山方面。いきなり渋谷には戻らずに、原宿、そして山手線の外に出てNHK前。降らない雨の瘴気が疲労となって固着して、鍋島公園で早くもダウン。池の端のベンチで休憩する。
近々池にすむ生物たちの調査をするらしい。どの生物が何匹くらいすんでいるのか。日本固有の生物と渡来した生物の割合はどのくらいか。そんなことは露とも知らず大きな亀たちが悠然と泳いでいた。中央ヨーロッパあたりらしき言葉を話す金髪の子供たち3人と彼らの連れの大人たちが池の周りを散策している。彼らも調査対象かもしれない。
東京大学の駒場キャンバスに潜入する。休日のキャンバスはとても静かで、どれが東大生または職員でどれがもぐりかをあてるゲームはできそうもなかった。
西の空はすでに明るくなっていたが、いまここではときおり雨がぱらつく。いわばあの光は未来の光なのだ。その予見通り、下北沢では日射しが出迎えてくれた。
下北沢ではかなりのおじさんと二十歳前後の女の子のカップルを二組も見かけてしまった。おじさんの方はロマンスグレーとかではなくかなり無理して若作りしている印象で、髪は脱色していて、原色のTシャツでぷっくりしたおなかに彩りをそえていた。でも女の子の方はほんとうに楽しそうな笑顔をみせていて、手がつながれたり離れたりする感じがとても微笑ましかったのだ。よくわからないけど、がんばってほしい。
メニューのカレーに惹かれたので、北口駅前地下のPIGAというカフェに入ってみた。チーズカレードリアはさくさくとした歯触りがよくておいしかったが、つけあわせのピクルスがとても気に入った。浅漬けで酸味が少なくてヨーグルトみたいな香りがする。カプチーノはエスプレッソベースではなくふつうのコーヒーベースだが、悪くない味だった。
左側のテーブルで話していた結い上げた髪で和服姿の女性二人組は、テレビに出たりするような人らしく、こんど出るイベントのチラシを店の人に託していた。下北沢は舞台の上と下が同じ平面でつながるメビウスの輪のような街なのだ。
そのあとは芝居。終わってから外に出るとまた雨がぱらついていたが、それはさっきまでの雨の残りというよりも、たぶんいい芝居の後は雨というジンクスのせいだった。

作・演出:千葉雅子/下北沢本多劇場/指定席4600円/★★★
出演:中村まこと、森田ガンツ、市川しんぺー、佐藤真弓、池田鉄洋、村上航、いけだしん、岩本靖輝、菅原永二、前田悟
劇団昭和とかに改名してもいいんじゃないかと思うくらい昭和にこだわり続けている猫のホテルだが、今回は戦後間もないアメリカ占領時代の日本映画界が舞台。検閲による制約の中映画を撮り続ける男たち。左右から押し寄せる政治の波の中で、彼らは否応なしに労働争議に巻き込まれてゆく。団結そして裏切り......。
ほぼ一年ぶりの本公演にして二年ぶりの新作。まさに満を持したという感じで、今回は傑作だ。いつもながら、笑いは別としてストーリーそのものには新奇性はなく紋切り型なのだけど、シリアスな場面と笑いのコンビネーションがひたすらうまいのだ。次の本公演が来年の夏というのがとても残念。





