ねにもつタイプ (ちくま文庫)

翻訳家岸本佐知子さんの奇想天外なエッセイ集。

腹をかかえたりあっけにとられたりするうちに、妙な親近感や懐かしさのようなものが芽生えてきた。なんだろうと思ったら、子供の頃に感じていた感覚なのだった。子供の頃は目にするものすべてが不思議でとんちんかんなことばかり考えていたけど、そこには子供なりの筋の通った論理があり、いつの間にかそれが大人の論理に移行しただけなのだ。ぼくなんかはもうすっかりその頃考えていたことを忘れていたけど、岸本さんはエピソードのひとつひとつを事細かに覚えていて、かつその頃の視点を今に蘇らせてまわりの世界を眺めることができる。とても希有な能力で、うらやましい。

身の回りのあちこちに口をあけていた「地獄」、コアラの鼻の材質、トイレットペーパーとの会話、カルピスを飲むと舌の奥にできる「モロモロ」。みんな一度は経験したり考えたことがある気がする。

そしてべぼや橋。本編ではネットでは自分のサイトしかヒットしないと書いてあったが(あとがきでは3件ヒットに増加)、今 Google で検索したら661件になっていた。

[散歩日和]2010-03-07

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いまいましいことに、予報通り、冷たい雨。でもそれが雪に変わることはなく冷たい雨はどこまでいっても冷たい雨のままだった。

散歩はあきらめて、美術展でもいこうと思うが、適当なのが見つからない。今日は買い物だけして帰るかと、電車に乗り込み、iPhoneをいじっていたら、楊福東(ヤン・フードン)という名前にぶちあたった。どこかで聞いたことのある名前。そう、何年か前、森美術館で開催されたハピネス展という展覧会に出展されていた『下級兵士YYの夏』という映像作品のディレクターだった人だ。ぼくはある若い中国人女性のユニークでユーモラスな夏を描いたこの作品がとても気に入って、都合3回もみてしまった。あれと同じ人の作品なら是非ともみたい、と思い原美術館にいくことにした。品川から京急で一駅横浜方面にもどり北品川で下車して、国道15号をわたり坂をのぼり、JRの線路を陸橋で越えると、いきなり緑が深まり、雨音以外の音が静寂の中に退く。原美術館はその先で右手に曲がったところにある。

楊福東は思っていたのと全然違った。全部で5作品、3編はストーリー性を感じる純粋な映像作品。1時間弱の比較的長めのもの、30分弱のもの、7分の短編。残りの2つは、複数の画面から構成されるヴィデオインスタレーションだ。なんかどれも過度に男性的というか、武骨な感じで、女性が登場してもそれは明らかに男性の視点から描かれているのだ。むしろ、YYの夏の、ガーリーでユーモラスで都会的な感覚はどこからでてきたのだろうか、と逆に不思議に思った。

一番印象に残ったのは、『竹林の七賢人 パート3』という作品で、牛を実際に殺す場面だ。脳天を石斧のような鈍器を振り下ろしてたたき割っている。確かにショッキングなんだけど、不思議に残酷さはあまり感じなかった。牛を殺すことに罪があるとして、それは苦しみの時間に比例するような気がした。

相変わらずの冷たい雨の中品川まで歩いて戻り、そこから先はショッピングアワー。まず、iPhone を契約したときにソフトバンクからもらったギフト券をようやく3枚使って、丸の内の丸善でフリッツ・ライバー『跳躍者の時空』を買った。ギフト券を使える店はぼくは頻繁に利用する店と微妙にずれていて、なかなか使う機会がないまま、だんだん大事な買い物のときでないと使ってはいけないような気分になってきて、あやうくサイフの肥やしになりそうだったので、何気ない買い物で何気なく使ってみた。お釣りもでるそうなので、もっと気軽に使えばよかった。

その後、アルプスで牛すじカレー - 450円を食べたりスタバでチャイティーラテを飲んだりしながら、いい加減くたびれてきた散歩の必需品、カサとスニーカーを新調し、最後にワインを買って帰ったのだった。おしまい。

[散歩日和]2010-03-06

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seems like hovering away - IMGP0919

電車の隣席の隣の男性が何やら話している。隣の隣からも男性の声が聞こえるので、彼と話しているのだとばかり思ったが、何か様子が違う。イントネーションが単調で抑揚がないのだ。ちょっと身体を傾けてうかがうと、隣の隣の男性はそのまた隣の人と話しているのだった。そう、隣の男性はずっと独り言をつぶやいていたのだった。そういう人には twitter がありますよと教えてあげたかった。

東池袋でマチネーの観劇。アフタートークまでみてしまったので、劇場を出たのは5時過ぎだった。来るとき降り始めた雨はいったんあがっていた。このチャンスを無駄にしないため、すぐさま歩き始めた。天気予報ではちょっと寒いようなことをいっていたが、あたりには暖かな湿り気を帯びた空気がただよっている。池袋東口の歓楽街からはずれたこのあたりの雰囲気はかなり好きだ。特に雨上がりの夕方に歩くにはいい。裏道を選び、ぼくも路傍の色あせた影の一つになる。

大塚駅前から板橋方面へ。きらめくイルミネーションを通り抜けていたら気分が高揚してきた。苛酷な冬の間ごぶさただったウォーキングハイ。その「ハイ」でハイボールが作れそうだった。途中で王子方面に向きを変え、石神井川近くの小公園にかかる小さな吊り橋を渡った。揺れる揺れる。揺れ方はかなり本格的な吊り橋だ。渡り終えてからもしばらく地面が揺れているような気がした。王子神社から王子稲荷、名主の滝と続くあたりの雰囲気がたまらない。結構散歩の盲点になっている地域だ。昼間にまたこよう。

また雨がぽつぽつ落ちてきた。東十条で散歩を終える。[東池袋駅〜大塚駅〜王子稲荷〜東十条駅(7.4km)[地図]]

東京駅に出た。名店街の中の小さなタワレコで capsule の新譜 "Player" を買う。このところの capsule は中田ヤスタカが Perfume をプロジュースしている反動か、ハードな曲が多かったが、ちょっと試聴した感じだと、ソフトでメロウな曲調が戻ってきた感じだ。

スタバで最後に残ったソーセージパイを注文したら、同時に隣のカウンターで同じものを注文していた。店員同士が困った顔を見合わせていたので、ここは大人らしく譲ってあげることにした。代わりにフィローネ照り焼きチキンとキャラメルマキアート、あわせて890円。

明日は雪らしい。何もすることがなさそうだから、残りの買い物は明日にとっておこう。

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作・演出:松井周/あうるすぽっと/自由席3000円/★★

出演:今村妙子、加賀田浩二、木村健二、古賀陽子、篠原美貴、白石萌、上瀧征宏、高野桂子、田口美穂、田中克美、谷村純一、寺田剛史、中嶋さと、波田尚志、藤尾加代子、細木直子、宮脇にじ、古舘寛治、古屋隆太

サンプルの松井周が北九州の俳優、スタッフと作り上げた作品。

ちょっと amazon を彷彿とさせるような、時給700円のあまり労働条件がよくない工場で働く労働者たち。そしてそれから数十年後、彼らの労働を博物館的に展示している施設で働く若い清掃員、案内役の女性、そこを訪れた求職中の女性。その施設はまもなく閉鎖されようとしている......。

サンプルのときの松井周は、しっかりと世界観を作り上げて、その中で人々がどう動くかという必然性を自然科学者的に見つめようとしているが、今回よくも悪くもいつもと違って、世界観はわざとすきまをあけておいて、俳優やスタッフたちとの共同作業の中から偶然的のプロセスで作り上げていったという感じの作品だった。俳優それぞれに見せ場が用意されていた。緊張感のあるサンプルの世界もいいが、こういうちょっとゆるいのもきらいじゃない。

終演後のアフタートークで、そういう印象が裏書きされた。今回いくつかの縛りがあったらしい。「①地域(九州北部)と何かしら関連のある内容であること。②第一線で活躍する演出家が、稽古開始から本番までの約一ヶ月半、北九州に滞在して作品創りを行うこと。(アーティスト・イン・レジデンス)③オーディションで選出された地域の役者を中心にしたキャストであること。④スタッフは可能な限り北九州芸術劇場や地域のメンバーで構成すること。⑤東京公演を行うことで北九州から発信し、批評を求めていくこと。」そういうこともあり、今回ワークショップからみんなで作り上げていく形をとったそうだ。

東京で演劇やるのも苛酷だが、地方でやるのはそれ以上の難しさがあるだろう。俳優や劇団関係者をサポートすべく、劇場の人たちもいろいろ考えているようだ。そのあたりの話がちらりと聞けて、アフタートークはかなり面白かった。

Blind Willow, Sleeping Woman

われながら、村上春樹を英語で読もうなんて、かなり倒錯していると思う。もともと英語の勉強6割、読書の楽しみ4割くらいのつもりで読み始めたのだ。

まず、英語の勉強についていえば、かなり効果はあったんじゃないか。英語圏の小説だと、言葉以前に習慣の違いで理解できないことがあったりするが、この本に関してはそれがないことが保証されている。しかも、どうしてもわからない表現にぶちあたったときでも、本屋に行けばいつでも正解を盗み読むことができるのだ。

読書の楽しみについていうと、日本語で読むよりより深く村上春樹の世界を堪能できた気がする。ひとつには、読むスピードがゆっくりになるので、ひとつひとつの表現をより深く味わうことができたといえるし、さらには、会話でも、地の文でも、日本語で読んでいると、浮いてしまっている表現が、英語だと見事にしっくりはまっているのだ。実は英語で書かれたこの本が原典で、村上春樹はとても優秀な日本語への翻訳者のような気がしてくる。

その楽しさがあったからこそ、最後まで読み通すことができたのかもしれない。ゲームブックなどをのぞけば英語のペーパーバッグを読み通したのは、はじめての快挙だった。

村上春樹自身の選で英語版独自に編まれた24編からなる短編集だ(同じ内容の日本語版が先日発売された)。せっかくなので一編ずつコメントしておこう。

"Bilind Willow, Sleeping Woman"。耳が悪い従弟のつきそいでバスで丘の上の病院に行く。よみがえる記憶。その内容が断片的に、暗示的に語られる......。たぶん、『ノルウェーの森』と同じシチュエーションで書かれたアナザーストーリーなのでは。

"Birthday Girl"。レストランでバイトをする女の子が、20歳の誕生日の夜に、とびきりにマジカルなプレゼントをもらう......。カポーティが書きそうな話だ。

"New York Mining Disaster"。短いのに複雑な構成の物語だ。台風がくると動物園に行く友人、たて続く同年代の知り合いの死と葬儀、パーディーで紹介された謎の美女、そして、最後に唐突に挿入される「ニューヨーク炭坑の悲劇」のシーン。タイトルはビージーズの曲かららしい。

"Aeroplane: Or, How He Talked to Himself as If Reciting Poetry"。抑圧された言葉。何年もの時を経てほかの人の口からそれは飛び立つ、ヒコーキの形で。

"The Mirror"。モダンホラー。こういうのも村上春樹はふつうにうまい。

"A Folklore for My Generation: A Prehistory of Late-Stage Capitalism"。古い保守的な価値観から新しい開放的な価値観への移行期特有の苦い悲劇。

"Hunting Knife"。車椅子の男と月明かりの下きらめくナイフ。これぞ短編小説という文句なしのマスターピース。

"A Perfect Day of Kangaroos""Dabchick"。短編というより掌編といったほうがいいようなユーモラスな作品が2つ続く。

"Man-Eating Cats。閉ざされた異国の地で忽然と消え失せる恋人。長編『スプートニクの恋人』の前身。

"A 'Poor Aunt' Story"。'Poor Aunt' という言葉の感触をてがかりにどこまで飛躍できるかというオリンピック競技みたいな作品。

"Nausea 1979"。原因不明の吐き気を引き起こす謎の電話。世界の通奏低音としての無邪気な悪意。

"The Seventh Man"。何度読んでも泣ける話。「それは波だったのです」。

"The Year of Spaghetti"。スパゲティーをゆでることが文学の題材になりうることを示したのは、村上春樹の功績の一つだ

"Tony Takitani"。何段階かのステップをへて最後の最後に「ほんとうに」孤独になるトニー滝谷。ぼくは、逆に孤独で「すらない」状態の不幸について考えてみたくなる。

"The Rise and Fall of Sharpie Cakes。露骨に日本の文壇と、そこでの村上春樹作品の受容のされ方を皮肉った作品。

"The Ice Man"。村上春樹作品ではたいていの場合、生まれ育った共同体から外に出て新たな結びつきを得ることは善で幸福を得るのだけど、珍しくそうでない。

"Crabs"。う〜ん、これを読むとしばらくカニは食えない。

"Firefly"。『ノルウェイの森』の前身となった作品。

"Chance Traveler"。心温まる偶然を描いた作品。その偶然のだしに使われてしまったような女性を、物語的に救ったり、逆に見捨てたりもしないで、暖かな日射しのように寄せる関心で終わらせるのがいい。

"Hanalei Bay"。警官がいう。自然にはあちら側もこちら側もない。原因も怒りも憎しみもない。

"Where I'm Likely to Find It"。ドアのような、カサのような、ドーナツのような何か。

"The Kidney-Shaped Stone That Moves Every Day"。パーティで出会ったキリエという謎の女性との恋愛と、腎臓の形の石をめぐる不思議な物語が、シンクロしながら進んでいく。

"A Shinagawa Monkey"。猿に人生の真実を言い当てられるというのはどんな気持ちなんだろう。

[散歩日和]2010-02-28

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都心部は東京マラソンのせいで交通規制されているので、湘南に海でもみにいこうかと思っていたら、チリ地震の影響で津波警報が発令されてしまった。街も海もだめなら、残りは山しかないじゃないか、と嘆いてみたら、山なら23区内にも浜田山、久我山や八幡山とかがあることを思い出した(なぜかみな京王電鉄の駅だが)。

一番最初に思いついた井の頭線の浜田山駅から歩き始める。「山」といっても、それらしき地形があるわけじゃなく、瀟洒な住宅地がのっぺりと広がっているだけだ。ときおり北向きや南向きのサブモチーフが顔を出すが、西に向かうのがメインモチーフ。晴れてはいるが風が冷たい。

できるだけはじめての道やごぶさたの道を歩こうとしているが、それでも結末がわかっているミステリーを読んでいるような既視感はいなめない。

結局、あらかじめ予定されてかのように井の頭公園にたどりつく。それでも、かなり久しぶりだ。まだどうにか残っている2月最後の太陽に照らされながら、人々は相も変わらず、悲しげなバイオリンの調べを響かせたり、リクエストにこたえてマンガを朗読したり、売れ残りの商品を色あせるがままにまかせたりしている。そして、ぼくのようにただ歩いている人。

そのままもうひとがんばりしようかと思ったが、どっちに進んでも既視感からは逃れられそうになかったので、吉祥寺でゴールのテープをきっておいた。[浜田山駅〜井の頭公園〜吉祥寺駅(7.8km)[地図]]

おいしいカレーが食べたくなったので、久しぶりにリトルスパイスという店に入ってみた。カウンターだけの小さな店で、すぐに満席になってしまう。ブラックカレー - 945円。骨付きのチキンが3本。名前の通り黒いルーがとてもクリーミーで、懐かしいようなまったく未知のような不思議な味がした。

スタバでオレンジブラッサムティー。

伊勢丹は3月14日に閉店だし、ロンロンも3月30日で改装のためしばらく閉店になる。啓文堂書店やユザワヤは南口の丸井の中に入るとのこと。吉祥寺もこれから大きく変わりそうだ。いい方向にか悪い方向にか、誰ぞ知る?

その啓文堂書店で Kazuo Ishiguro "Nocturnes" を買う。今度は現代の英語圏の作家が書いた小説に挑戦してみようと思ったのだ。値段も1344円と手頃だった。

渋谷に移動。タワーレコードで、インバルが振るマーラーの4番、6番をまとめ買い。もともと安いのにさらに15%引きになっていて。あわせて2232円で買うことができたのだった。やまやでは地震からの復興の応援の意味をこめてチリワインを買った。Portal Del Alto Reserva - 980円と安いのにとてもおいしいワイン。

今日はとてもいい買い物ができた日だった。

[散歩日和]2010-02-27

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雨はあがったが冷たい風が吹きつけてくる。とりたてて理由もなく総武線の津田沼。この前津田沼にたどり着いたときはすっかり夜になっていたので、昼間の津田沼は初めて。南口に出るのも初めてだ。北口同様、コンコースがあり、駅前にはショッピングモールがある。

一歩駅前の区画からはずれると、そういうにぎわいは退き、商店街の旗がはためいているが、ほとんど開いている商店のない通りへ。旧道らしき佇まいのある通りだ。左手の道が魅力的なさそいをかけてきたが、今日は右手の船橋方向にいこうと思っていたので、そのさそいを必死に振り切る。

そして目の前に広がる干潟。冬鳥はすでに飛び立ってしまったらしく、芦原の向こうの水面はただただ静かにないでいた。しばし干潟沿いの遊歩道を歩き、広い自動車道路にぶつかるが、横断歩道はまわりになく、右手の歩道は工事中でふさがれていた。そうすると左手に進むか、引き返すかだが、実は右手の歩道は迂回すれば入り込むことができることに気がついた(そうしなくても立入禁止という札がさげられたパイプはひざくらいの高さしかなかったのでまたぎ越すことは可能だったが)。歩道の左側は防音壁、右側は競馬場の厩舎の塀にはさまれた隔絶された空間。当然向こう側にも通行を妨げる何かがあるはずだが、こちら側と似たり寄ったりで回避できるだろうと、たかをくくっていた。ところが......。

ところが、ようやくたどりついた向こう側は大人の背の高さくらいある障壁でぴっちりふさがれていた。子供時代のぼくなら金網に足をかけて飛び越すことを考えたかもしれない。だが、それはあまりにも無謀だった。おとなしく踵をかえす。

結局ちょっと道を引き返して、さっきデッドエンドの金網越しにみた道路にたどりついた。金網の向こうには10分くらい前のぼくがうらめしそうに立ち尽くしている。間抜け面、さっさと引き返せ。

行き止まりの道に迷い込んだこともそうだが、何だか、今日のぼくはちょっと危なげで、交通量の激しい通りを横断歩道がないところで渡ろうとしてしまう。そのくせ老若男女さまざまな人に追い越される、追い越される、追い越される。もっと足を踏み出してきびきび歩こう。雨が落ちてきた。カサはない。だが、結局カサが必要になるほど雨足が強くなることはなかったのだった。

大神宮というほどには大きくない神社の中を通り抜け、船橋の中心部。駅の高架をくぐり北口側に。そのまま西船橋まで歩こうと思っていて、左手に高架線路をみながら歩いていったら、途中でその線路が東武野田線であることに気がついた。野田線だと都心にもどるのが面倒なので、ちょっと引き返して、東葉高速鉄道の東海神駅へ。実はさっき髪の毛一本差のような場所を通り過ぎていたのだった。[津田沼駅〜谷津干潟〜大神宮〜船橋〜東海神駅(9.4km)[地図]]

東西線直通の快速電車で日本橋へ。東京駅前のパスタ屋で、豚肉とベーコンのバター醤油のパスタ - 790円。なぜかそのまま新橋まで歩いてしまい、スタバでラテをすすりながら、夜が更けてゆく。