杉之座「アナタワァ、カミウォー、シンジマスカァ?……ああ、まってまって逃げないで。宗教の勧誘じゃないからさ。壺も売りません。今から何回かにわけてスピノザという哲学者の書いた『エチカ』という本の話をします。ひとりぼっちじゃさみしいんで、ちょっぴり辛口のウサギ、Chubaちゃんにつきあってもらいます。はい、Chubaちゃん、ごあいさつ」
Chuba「何様?」
杉之座「神様!」
Chuba「……」
杉之座「ごめん。これはでもある意味真実なんだけどね」
Chuba「あなたが神様ですか?」
杉之座「ある意味ね」
Chuba「確かに人間離れしてるけど」
杉之座「ムッ!ま、それはおいておいて、まずはスピノザについて簡単に紹介しちゃおう。バールーフ・スピノザは1632年アムステルダムで生まれた。画家のフェルメールと同い年だね。ユダヤの家庭に育ったんだけど1656年に異端的な主張を理由に教会から破門されている。ユダヤ人のコミュニティーを離れた彼は、大学などに職を求めず、慎ましやかに市井で暮らしながら哲学の研究を続けた。レンズ磨きの技術者だったという話もある。」
Chuba「技術者というと今でいうとプログラマーかな」
杉之座「スピノザは理系っぽいところがあるし、あまり賃金が高くなさそうなところが共通しているかもね。いつどうやって死んだかなんていうことはいわないでおこう。『自由な人は何についてよりも死について思惟することが最も少ない。そして、彼の知恵は死についての省察でなく、生についての省察である(4部定理67)』とスピノザ自身がいってるからね。」
Chuba「今ぼそっとつぶやいた定理って何のこと?」
杉之座「これから紹介していく『エチカ』――文句なしにスピノザの代表的な著作――は数学の本みたいに定義と公理があって、そこから定理を証明していくという形で書かれているんだ。」
Chuba「うへ」
杉之座「まあまあ、そういわずに。『エチカ』というのはラテン語で倫理学という意味で、つまり人はどう生きるべきかということをテーマに書かれた書物なんだ。」
Chuba「ウサギは?」
杉之座「『しかし、私は動物が感覚を有することを否定するのではない。ただ、我々がそのため、我々の利益を計ったり、動物を意のままに利用したり、我々に最も都合がいいように彼らを取り扱ったりすることは許されない、ということを私は否定するのである(4部定理37備考)』とスピノザはいっている。」
Chuba「ひえ~。いじめないでよ」
杉之座「いやいや、虐待しろといっているわけじゃないからね。心配しなくても、スピノザの論法を使えば、虐待してはいけないくらいのことはいえると思う。それは後で説明するとして、話をもとにもどそう。人は――ウサギも――どう生きるべきかということを示すことができたとしても、『なぜ?』ときかれたら別の『~すべきだから』ということを理由としてあげなくちゃいけないだろ。そうすると、それに対しても『なぜ?』ときかれて、スピノザお得意のフレーズを使うと『このようにして無限に進む』ということになっちゃう。それを避けるために、あえて『~である』という事実から『~べき』という倫理を導き出そうとしたんだと思う。でも、それが成功しているかといわれると微妙なんだけどね。」
Chuba「でも、評判になったんでしょ?」
杉之座「いろいろあってスピノザが生きている間には出版することができなかったんだ。死後、スピノザの遺志もあって匿名で出版されたんだけど、危険思想扱いされて100年近く日の目を見なかった。」
Chuba「どう生きるべきかというから説教くさいのかと思ったら、危ないんだ?」
杉之座「危ない。よく磨いだレンズを太陽にかざしたときみたいにね。どう、話をきく気になった?」
Chuba「う~ん、壺にはまった」
というわけで、Chubaちゃんが逃げ出すまで続きます。
『エチカ』の引用は畠中尚志訳の岩波文庫版によっています。またそれ以外の参考文献は以下の通りです。
- G.ドゥルーズ『スピノザ 実践の哲学』鈴木雅大訳、平凡社ライブラリー
- 上野修『スピノザの世界 神あるいは自然』、講談社現代新書
- 『スピノザ往復書簡集』畠中尚志訳、岩波文庫

スピノザの破門の理由はどういうことが原因でしょうか。
いろいろ見ていますが肝心の破門の理由が分からないと言うことが良く理解できないのですが。破門状のようなものはないのでしょうか。または何かの理由があって、隠されていると言うことでしょうか。
破門状はちゃんと存在するようですよ。1656年、スピノザ23歳の時です。原文はポルトガル語(スピノザたちはポルトガルで迫害されて比較的自由なオランダに移住してきた人たちなので仲間内ではポルトガル語が使われていたようですね)で、以下のURLに抜粋/英訳したものがありました。
http://www.mnstate.edu/mouch/spinoza/excomm.html
やはり、スピノザの言動や行動がユダヤ教会の教義とあわず信徒に悪影響を与えるというのが理由のようです(まあ、まったく相容れない考え方ですから、当然といえば当然です)。破門状の末尾は「何人もスピノザと話してはいけないし、手紙もだめ、親切にしてはいけないし、同じ屋根の下にいてもいけないし、1m以内に近づいてはいけない。そして、彼の論文を読んではいけない」とだめだめづくしです。