恒例のよりぬきツイート4。foursquare をはじめたりしてノイズが多くなっているので、今回は不作。
Journalの最近のブログ記事
twitter のツイートが3000を越えたので、吉例に従い、私的つぶやき傑作選を公開する。前回まで、ひとつひとつツイートをコピペしていたが、今回はちゃんとスクリプトを書いて、自動的に整形した。
twitter のツイートが2000を越えた。最初の1000ツイート達成には二年半くらいかかったが、次の1000は4ヶ月で達成。順調に加速している。前回に続いて、私的つぶやき傑作選を公開しておく。
別に毎年そうしているわけじゃないけど、気が向いたので、過ぎ去りし2009年を振り返るとともに、2010年への展望を語っておこうか。
2009年に買ったもの
Pentax K-7とiPhone。K-7の方はK10Dからのアップグレードなので、着実に画質がアップし、失敗する確率が減ったものの、それ以前にもう少し技術と意欲がないとしかたがないと痛感した一年だった。それに比べると iPhone をもったことによる変化は革命的だった。PCの情報をそのままシームレスに外に持ち出せることになったことが大きい。あとで触れるが twitter でつぶやく回数が大幅に増えた。
2009年の散歩
散歩として記録したのは114回。歩く範囲は徐々に広がっている。iPhone に歩いた経路を記録するアプリケーションをインストールしたことで、今までみたいに、散歩の時に経路を記憶しておく必要がなくなった。従来はどうしても覚えやすい道を歩こうとしてしまったので、自由に道を選択できるようになったのはかなり大きい変化だ。
2009年のマイブーム
これはやはり twitter かな。twitter は一応2007年4月からはじめていたのだが、本格的につぶやくようになったのは2009年後半からだ。iPhone という道具を手に入れたことも大きいが、それ以上にユーザが増えることで、つぶやきの型みたいなものができてきて、それに乗ってつぶやけばいいということがわかったことが大きい。反面 RSSリーダーをみる機会ががくんと減って、他の人のブログなどをあまり読まなくなってしまった。
2009年に読んだ本
読んだ本は(上下巻にわかれているのも1冊と数えて)34冊。あまり読書に身が入らない年だった。大作が多かったというのもあるが読んだ本の数も例年に比べて少ない。ただ、最後に読んだ川上未映子『ヘヴン』、東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』は、物語の力を再確認させてくれた。その流れで2010年はもっと物語の中に没入したい。そして、読書する時間や機会を日々の生活の中でもう少し増やすことをこころがけたい。そうしないとせっかくの読書体験が散漫になってしまうことにようやく気がついた。
2009年にみた演劇
29本。2008年ほどではないがなかなかのペースだ。ただ、今まで定期的にみてきた劇団はじり貧で半休止状態になるか、よりメジャー指向になるかどちらかになりつつある。それで未知の劇団の芝居をはさみこむようにしているつもりではあるが、アンテナが低いせいもあって、なかなかこれはというのに出会っていない。そんななか2009年の最大の収穫は柴幸男ひきいるままごとというユニット。10月にみた『わが星』は2009年最高の一本だった。
2010年に向けて
2009年はなんか悪い意味で行動パターンが最適化されてしまった年だった気がする。散歩が楽しいから散歩だけする、ほかのことはしない、みたいな感じで小さくまとまってしまった。2010年はもっといろいろ広げていく年にしたい。それで新年早々、散歩をやめて映画をみることからはじめてみたが、はてさてどうなることやら。
ぼくがこのサイトの前身をはじめたのは、ちょうど10年前、世界は結局終わらなくて、実はまだはじまってもないような気がしてきたころだった[このサイトにはそれ以前の日付のコンテンツも含まれているが、それは後から書いたもの。基本的に、日付は、文章を書いたり公開した時点ではなく、テーマとなるイベントが起きた時点を採用している。]。たまたまもらえた一週間の休みに旅行にもいかず、せめて文章でも書いて公開しようかと思ったのが始まりだ。最初は、初心者にありがちな全能感でいろいろ書き散らしたが、やがて身の丈相応に、散歩、読書、観劇という趣味の活動をロギングするという形にほぼシュリンクして今にいたっている。
書くことが前提になっているので、何をしても、体験する自分と、それを表現する自分が二人ひと組で、いわばひとり染之助・染太郎状態になってしまっている。この二人の共同作業で、ようやくひとつの体験が完結するのだ。つまり、ただ歩いただけではまだ散歩したとはいえず、それを適切な表現で文章にまとめて、ようやく目的地についたような気分になる。
さらに、このうち表現者としてのぼくはかなり分裂気味で、一方で無味乾燥に記録を残そうとしつつ、時折いたずら心を起こして、妙にこっていたり場違いだったりする表現を使おうとする。おそらくほとんどの人は面食らってしまうのではないだろうか。散歩のログについていえば、ほとんど写真がなくて、街とか店の話題より個人的な感傷ばかり書いてある。検索してたどりついた人の落胆する顔が目に浮かぶ。とはいえ、ぼくの中のリアルとイマジナリーのモチベーションが均衡した結果こういう形になっているので、変えようとして変えられるものでもないのだ。
さて10年。特に短くもなく長くもなく、まさ10年ぴったりの長さに感じられるような10年だった。その間それなりに変化を被ってはいるが、リアルとイマジナリーのバランスがたまたま同じところで保たれているため、書いている内容はあまり変わっていないようにみえる。検索してやってくる無垢な利用者には迷惑な話だが、たぶん、しばらくはまだ同じようなことを書いているはずだ。だが、もしバランスがイマジナリー側に振れれば、もっととんでもないことを書き出すだろうし、万一リアルが充実すれば書くことそのものをやめてしまうかもしれない。神のみぞ知る。
2007年4月にはじめたのでほんとうにカメの歩みだが、ようやく twitter のつぶやきが1000を突破した。ほとんどが無意味な戯言だが、まれに自分ながらうまくつぶやけたなと思うものもあるので、せっかくなので硬軟取り混ぜてまとめておこうと思う。
2007年
2008年
2009年
Mac を使っていて不便だなと思うことの一つが、Finder からゴミ箱を経由せずにファイルを削除する方法がないことで、特にSDカードなどのリムーバルディスクなどの場合、容量を開けたくて消しているのに、ディスクの中にゴミ箱フォルダーが作られて、そこに移動させられてしまうだけなので、何の解決にもならない。もちろんゴミ箱を空にすれば消えるが、この操作は全ディスク共通なので、ハードディスクのゴミ箱はまだ空にしたくないと思っても、まとめて消すか消さないかのどちらかしか選択できない。
そこで、ぼくはMac OS X付属の Automator の機能を使って、ファインダー上のコンテキストメニューに「その場で削除」を登録していた。先日、SDカードの中に消したはずのデジカメのファームウェアをアップデートするファイルが残っていたのを発見して、「その場で削除」したら、なぜかその日撮ってきた写真のファイルが格納されたフォルダーが消えてしまった、とここまでがことの経緯。この先がようやく本題だ。
どうせたいした写真は撮れていないので、失われてもダメージはそれほど大きくはなかったが、復活できるものならしておきたい。検索したところあっさり Photorec というオープンソースのソフトが見つかった。ほとんどすべてのファイルシステムから、削除された(主に)マルチメディア系のファイルを検索して復元してくれる。ちなみにタイトルには「Mac」とつけたが、Photorec は Windows や Linux でも実行することができる。
復元の方法は簡単。バイナリをダウンロードして適当なディレクトに展開し、root権限で photorec というコマンドをターミナルから引数なしで実行すればよい。
% sudo ./photorec
すると、CUIの画面が立ち上がるので、まず検索するディスクを容量を頼りに一覧から選択し、そのあと引き続いてパーティションテーブルの種類、パーティション、ファイルシステムの種類、検索範囲(フリーエリアのみか全体か)を順次選択していき(ほとんどの場合デフォルトのままでいい)、最後にファイルを保存するディレクトを選ぶと検索がはじまる。あとは待つだけだ。
ぼくは写真をRAW(Adobe DNG形式)で撮っているが、拡張子一覧の中に見あたらないので、未対応なのかと思ったが、心配無用。DNGはTIFFとして認識されるらしい。オプションで、検索するファイルの種別を選ぶメニューがあるが、そこで、TIFFが有効になっていれば(デフォルトで有効)、DNGも検索、復元してくれる。
これですべてのファイルが無事復元できた。
報道されているように都議選では民主党が第一党に躍進して、自民・公明の与党が敗北したわけだが、ここぼくが住む大田区ではちょっと風向きが違っていて、自民3、公明2と与党が立候補者全員当選を果たし、対する民主党は立候補者4に対し当選2という結果に終わっている。これは大田区の有権者がほかの選挙区と違う判断を示したということなのだろうか?気になって調べてみた。
すると以下のような得票数になっていることがわかった。
| 政党 | 総得票数 | 候補者ごとの平均 | 各候補者の得票(太字が当選) |
|---|---|---|---|
| 民主党 | 125,078 | 31,269.5 | 50,720 37,756 18,781 17,821 |
| 自民党 | 72,782 | 24,260.7 | 28,556 23,640 20,586 |
| 公明党 | 55,251 | 27,625.5 | 28,760 26,491 |
| 共産党 | 40,033 | 20,016.5 | 23,603 16,430 |
| その他 | 17,481 | 5,827 | 9,868 5,466 2,147 |
これをみると総得票数では民主は与党の合計と匹敵するくらいとっている。では、候補者4人もたてたのが多すぎたのかというと、そういうわけでもなく、仮に民主党への票が平均的に4人に分散していれば余裕で全員当選できたことがわかる。
民主党候補の内訳は、元スポーツマンで現新車のセールスという感じ(実際は元銀行マンだそうだが)の新人(トップ当選)、イケメンエリートタイプの新人(次点)、声の大きい現職のおじさん2人(落選)だ。結局、銀行マンが勝ちすぎたのだ。その票からおじさんたち2人に1万票ずつ分け与えれば、全員当選だった。やはり、現職だから平気だろうみたいな重点のかけまちがいがあったんだろうか。(ちなみに今回ぼくは、この中のどの候補もちょっとちがうかなという感じだった)。
このあたり公明の票の分け合い方は絶妙だ。やはり、1月生まれはこっちの候補とか、何らかの属性ごとに投票する先を振り分けているのだろうか。
6月27日に発売された Pentax K-7 を運良く発売日に入手することができた。翌日の日曜はあいにくの雨だったが、今週の土日は両方とも薄日がさすような天気で、それなりにいじる機会が得られた。もともと K10Dユーザだったので、それと比較しつつ簡単に感想を書いておきたいと思う。
筐体----K10D の 141.5mm(幅)×101mm(高)×70mm(厚) に対して K-7 は 130.5 × 96.5 × 72.5 で、実際持ってみてもちょうどひとまわり小さくなったのが実感できる。重さも電池込みで 790g が 750g になり若干軽くなっている。
操作性----メニュー操作が大きく変更されている。現在の設定情報が液晶画面上に一覧されて、そこから項目を選択して、設定画面に移動するようになっている。メニューを探し回る必要がなくなって便利。ただ、オートフォーカスをSELモード(測距点を11のポイントの中から選択できるモード)にしたとき、測距点を移動する前にOKボタン押下が必要になって、ワンステップ操作が増えた。実は、K10Dのときはシャッターを半押ししてフレームをずらせばいいと思っていて、全然使っていなかったのだが、マクロの場合だと、それでは距離が大きく変わってしまってだめなことにおそまきながら気がついた。少なくともマクロの場合は SEL モードが必要なのだ。
ライブビュー----地面にカメラを置いたりとか、高い塀越しに撮るときなど(と書くといかにもやばばいものを撮っているようだがそんなことはない)、ファインダーがのぞけない状況というのは意外にあるものなのだ。K-7 にはそういうときに液晶で画角を確認しながら撮れる機能、すなわちライブビューが搭載されている。難点はAFで、手動で背面のAFボタンを押しっぱなしにして焦点をあわせなくてはいけない。ライブビュー用のコントラストAFモード(顔認識することも可能)だと、焦点が合うまでそれなりに待たされる(オートフォーカスが搭載された初期の携帯電話のカメラのような感じ)。かといってファインダーをのぞいているときと同様の位相差方式にすると、フォーカスしている間ライブビューがオフになり、合唱後もとにもどるというまどろこしいことになる。いずれにせよそれからシャッターを押さなくてはいけないわけで、その間にカメラが動く心配もあり、ちょっといただけない。改善をのぞみたいところだ。
シャッター----押したときの反応がすばやく音も軽快、衝撃も圧倒的に少ない。この感触を味わうだけでも K-7 にした甲斐があるといっても過言ではない。
ホワイトバランス、感度、AF----K10Dでは夜景や室内の撮影だと100%ホワイトバランスがくるうので、RAW現像時に修正するのが前提となっていたが、K-7 はかなり正確に再現してくれる。いまやあたりまえのことかもしれないが、K10Dユーザとしてはかなりのブレークスルーだ。感度も以前より正確で、夜景でライトがついている部分が白飛びしにくくなっている。また、まだ試していないが、K-7 にはダイナミックレンジ拡張機能というのがついていて、それを有効にすると、晴れた日の路地などコントラスト差が激しい場面でも、白飛びや黒つぶれしにくくなるそうだ。AFの速度や正確さも改善されたらしいが、いまのところ、あいやすい場面ではあう、あいにくい場面ではあわないという感じで、今ひとつ向上を実感できていない。
その他の改善----K10Dで使いにくいと思っていたところが微妙に改善されている。手ぶれ補正のスイッチに触れてしまって、知らない間にOFFになっていることが多かったのだが、K-7 ではスイッチがなくなり、メニューでON、OFFが切り替えられるようになっている(頻繁に切り替える人にとっては面倒だが)。あとまだそういうことになっていないので確かめたわけではないが、電池残量の目盛りが細かくなっているようだ。K10D では、一目盛り減ると、もう数枚しか撮る余地が残されていなかった。あと、水平とのずれを検知して表示したり補正したりする機能は、平衡感覚の弱いぼくにとっては便利な機能だし、ファインダーの視野率が100%(つまりファインダーでみえている範囲がそのまま写る。ふつうは90%台なので、みえている範囲より少し広い範囲が写る)なのも当然うれしい。
画質----満足。特に夜景がいい。ネットなどで、ノイズが多いといわれているが、それはそれで事実。決してノイズが少ないカメラではない。K10D に比べるとノイズが出る傾向が違う。高感度だから一概にノイジーというわけでもなく、低感度でもノイズがのることはある。像がきたなくつぶれてしまうようなたちが悪いノイズではなく、粒子感が感じられる程度。K10Dでは ISO800は非常用として使ってきたが、K-7では常用できると思う。
動画----まだ試していない。というか試す機会あるだろうか。
作例はこちら。

携帯電話の電子音で、毎朝禍々しい気分で目覚めていた。ふと気がついたのが、目の前の MacBook。これを使えば優雅な音楽を鳴らして目覚めることができるんじゃないか。検索してヒットしたのが、この Aurora というソフトだ。Mac をスリープさせていても、それどころかシステム終了した状態でも、指定した時刻に起動させて、iTunes の指定したプレイリストの中の曲を再生してくれる。逆に、おやすみタイマー、つまり指定時間経過後にスリープさせてくれる機能もついている。シェアウェアで2000円だったが、気に入ったので購入した。はじめて購入した Mac用のシェアウェアだ。
ほぼ同じ機能(ただしシステム終了状態から目覚める機能は搭載していない)でフリーなiTunes Alarmというソフトもあったが、UIがごちゃごちゃしていて洗練されていなかった。優雅に目覚めるのが目的なので、UIも優雅な方がいい。それで Aurora を選んだのだ。
いちど、イヤフォンを MacBook にさしたままにして、寝坊したことがあったが、それ以外は快適に目覚めることに成功している。たまに、聞いたことのない曲が流れているような気がすることがあるが、夢なのか現実なのかわからない。
さて、ついでに前回書いてから使い始めたソフトをいくつか紹介しておこう。
twitter クライアントは変遷の末いったんpwitterに落ち着いている。軽量でくせがなくて、Growl と連携できるところが気に入っている。
ClipMenuはコマンドやブログのマークアップなどの定型文を呼び出すのに使っている。Command+Control B でカーソルキーのある場所にメニューを表示して、その中から選択すると定型文が挿入される。クリップボードの履歴からの挿入もできる(そちらが本来の機能)。
Keyboard Cleaner - 自動的にキーボードの掃除をしてくれる魔法のソフト......ではなく、キーボードをロックして入力を受け付けなくするだけのシンプルなソフト。シャットダウンしなくて、その間に思う存分、キーボードの掃除ができる。
配役で犯人がわからないようにしているところや、ちゃんと最後にどんでん返しを用意しているところなど、『相棒』をみて日本の刑事ドラマも進化したなと思っていたが(ミッチーが初登場する回はだめだめだったし)、まだまだ海の向こうにはかなわないなと思う。
いや、アメリカのドラマは、視聴者をあおる技術だけが進化して、長続きさせることだけが目的といわんばかりのあさましさに、何度も裏切られ、ちょっと幻滅しつつある。すごいと思うのは、イギリス製のドラマだ。特に刑事ドラマ(コップ・ストーリー)がおもしろい。
主役を張るのはモース、ウェクスフォード、バーナビー、フロストなど数々の個性的な刑事たち。彼らの階級はほとんどの場合警部(chief inspector)だ(余談だが、日本語に訳されるときに "chief inspector" を「主任警部」、"inspector" を「警部」としていることがあるが、職制上、それぞれ「警部」、「警部補」と訳すのが適切だと思う。上にあげた中でいうとフロストは inspector)。さて、そのリストにさらに二人の刑事が付け加わった。"Life on Mars"に登場するサム・タイラー警部(補)とジーン・ハント警部だ。
"Life on Mars"、邦題は「時空刑事1973」。現代(2006年)のマンチェスターで警部の職にあったサム・タイラー(ジョン・シム)は、捜査中自動車事故にあい、意識を失う。目覚めると彼は1973年に飛ばされていた。そこでも彼は警察官。ただし、ワイルドなジーン・ハント警部(フィリップ・グレにスター)の下に警部補として転任してきたということになっている。タイムトラヴェルの謎とカルチャーギャップにとまどいながら、ハントと協力して事件を解決するサム。果たして現代に戻れる日はくるのか......。
サムは繰り返し幻覚、幻聴におそわれる。2006年における彼の身体は昏睡状態にあるらしく、その様子やまわりの人々の声、その他奇怪なイメージが、テレビ、電話、無線などを通して、届けられる。そのあたりの描写がP.K.ディックの小説ばりにシュールだ。幻覚は現実で、彼はほんとうに未来からきたのか、あるいは発狂しているのか、みているほうもだんだんわからなくなってくる。そんなふうに、通常のコップ・ストーリーが横軸に、サムの個人的な物語が縦軸となって交差する。
繊細で生真面目で柔弱なサムと対比的に、ハントは大胆で型破りだ。汚職に手を染めていて、容疑者に暴力を使うことをいとわない悪徳警官なんだけど、どうしても憎めない存在として描かれている。ちょっと閉塞感のあるこの物語に、ハントの豪快さが、笑いと明るさを与えているのだ。彼をしばらくみないとさみしくなる。この習慣性はぼくだけの個人的な現象ではないらしく、先頃までイギリスで放映されていたこの作品のスピンアウト "Ashes to Ashes" にも継続してハントが登場しているらしい。
タイトルになっているデイヴィッド・ボウイの "Life on Mars"をはじめとして、使われている曲は70年代はじめの活きのいいロックンロールばかり。70年代の風俗、ファッションや音楽もこの作品の魅力の一つだ。
DVD8巻、全16話をすべて見通したけど、最後まで緊張感を失わないすばらしい作品だった。こちらの想像力に委ねられたようなラストもほんとうに最高だった。ほどけないひものようなものがずっと心の中に残り、見終えてしまったことが、とてもさみしくなる。
"Ashes to Ashes" の方も、国内で放映したり、DVDを発売してほしいと思う。 いや、それより、英語をもうちょっとちゃんと勉強して、ヒアリングできるようになればいいのだろうが。
個人的に開発、運用している散歩DB(お散歩コースの記録管理をするWebアプリ)のソースコードを GitHub にあげてみた。
オープンソース開発始めちゃうぞとか、そういうのではなく、ライフログといっていい散歩のデータそのものも大事だけど、それを管理するためのアプリも必要不可欠で、ハードディスクがとんだりして失われないために(一応バックアップは定期的にとってはいるが)、オープンな場所においておこうと思ったのだ。
ソースコードのバージョン管理は git で行うことになる。今まで、小耳にはさむ程度でスルーしていたが、これを機会にちょっと勉強してみることにした。その内容を簡単にメモしておく。
git とは linux を開発した Linus Torvalds によって開発された分散バージョン管理システムだ。(名前の由来については Why the 'git' name?)今までデファクトスタンダード的に使われていた集中型のバージョン管理システム cvs や subversion とは、基本的な考え方が異なっている。
cvs や subversion では単一のレポジトリーとよばれる領域があって、ソースコードのメンテナンスを行う場合、そこからある時点(ほとんどの場合最新)のソースコードのスナップショットをダウンロードして、編集し、それをレポジトリーに書き戻すと、同時に編集履歴がレポジトリーに記録される。
git の場合はスナップショットをダウンロードするのではなく、レポジトリーそのものをローカルにコピーする。ファイルを編集すると、履歴はひとまずローカルのレポジトリーに記録される。つまり、バージョン管理だけなら、ローカル環境のみで行うことが可能で、競合は発生しない。編集した内容や履歴をレポジトリー間で同期をとるためのコマンドは別途用意されている。というあたりが、「分散バージョン管理システム」たるゆえんだ。
コピーされたそれぞれのレポジトリーは仕組み上対等だが、複数人で開発を行う場合は、マスターのレポジトリーを別に用意し、各人はそれと自分のレポジトリーの間で同期を行う形をとる。GitHub は git のマスターレポジトリーをホストしてくれるプロバイダーのひとつだ。
さて、とりあえず概念的な説明はこんなところにして、知っておくと便利な豆知識をいくつか。
- 既存の subversion(や cvs) の レポジトリーを履歴情報を含めて git のレポジトリーに変換することができる。(参照: Import from Subversion - Guides - GitHub)
- git では cvs 同様、空のディレクトリーをレポジトリーに含めることができない。含めたい場合は .gitigonore (git が無視するファイルを設定するファイル)を置くなどする。(参照: Can I add empty directories?)
- git には索引と呼ばれる、作業領域とレポジトリーの間にある中間的な領域が存在し、 「索引に変更を追加」、「索引をレポジトリーに反映」という2段階でコミットが行われる。
"git commit"コマンドは、索引をレポジトリーに反映するだけで、その前に"git add"コマンドで、変更したファイルを索引へ追加する必要がある。なお、"git commit -a"というように"-a"オプションを指定すれば、この2段階の処理を一挙に実行することができる。なお、"git commit -a"を使う場合でも新規にファイルをレポジトリーに追加するときは、事前に"git add"で追加しておく必要がある。(参照:Why is "git commit -a" not the default?) - 履歴から一括して特定のファイルを削除することが可能。つまり過去の歴史が修正できてしまう。(参照: Completely remove a file from all revisions - Guides - GitHub)
git のお役立ちリンク集
たまには音楽のことでも書こう。
とはいえ、音楽について書くのは難しい。作編曲も演奏もできないので、このコード進行は独特だとか、このヴァイオリンは超絶的な技巧だね、なんていったりできないし、比喩で語れるほど表現力が豊かじゃない。語れることといえば、好き嫌いと、即物的な形容詞を並べることくらいだろうか。あと、高いか安いかもいえる。
さて、3月4日に発売された坂本龍一の5年ぶりのニューアルバム "out of noise"。まず、好きか嫌いかでいえば大好き。ミニマル、クラシカル、実験的、内省的、癒し系......。以上。まあぼくのつたない説明より視聴した方が手っ取り早いわけで。
これだけではなんなので、5つ以上もある販売形態の中からどれを選べばいいかということについて書こう。まず、二枚組のアナログ盤、パッケージレスCD、フルアートワークCDと3種類が一般のショップで販売されていて(アナログは18日から)、さらにMP3形式と、CD以上のビットレートの非圧縮形式がcommonsmartからダウンロード販売されている。これに加えて、iTunes Storeなどの一般の音楽配信サイトでも販売されている。
ちょっとわかりやすく表でまとめてみよう。
| 種別 | 音楽の形式 | おまけ | 価格 |
|---|---|---|---|
| アナログ盤 | アナログ | - | 3990円 |
| パッケージレスCD | CD(16bit 44kHz) | -(CDとケースとペラ1枚) | 1980円 |
| フルアートワークCD | CD(16bit 44kHz) | 56p豪華ブックレット | 4500円 |
| 配信AIFF形式 | AIFF形式(24bit 48kHz) DRMフリー | JPGファイル2個と、坂本龍一自身による音声解説AIFFファイル | 4000円 |
| 配信MP3形式 | MP3(320kbps) DRMフリー | - | 1980円 |
| iTunes Store | AAC(128kbps) DRM付き | - | 1800円 |
どの形態で買うべきか決められるようにチャートをつくってみた。
1 ふだん主にアナログプレイヤーで音楽をきいている
YES → アナログ盤
NO → 2へ
2 CDとそれ以上の音質のメディアを聞きわけられる自信がある?
YES → 3へ
NO → 4へ
3 PCまたはiPod(等の携帯プレイヤー)を本格的なオーディオ装置につないで聞ける環境がある
YES → 配信AIFF形式
NO → 4へ
4 ふだん主にPCやiPod等の携帯プレイヤーで音楽をきいている
YES → 6へ
NO → 5へ
5 音楽だけじゃさみしい。何か読んだり見たりするものがついていてほしい。そのためなら2520円の追加出費くらい惜しくない。
YES → フルアートワークCD
NO → パッケージレスCD
6 音質は特に気にしないし、DRMがついていて視聴できる環境が制限されていてもいい。できるだけ安い方がいい。
YES → iTunes Store
NO → 7へ
7 やはりCDなみの音質はほしい。あるいは、ふだん聞いている音質はそこそこでよくても、原本としてCD並の音質のメディアを確保しておきたい
YES → 5へ
NO → 配信MP3形式
ちなみに、ぼくはこのチャートと無関係に配信AIFF形式の形態で購入した。音質というより、非圧縮形式の音楽ファイルにむずむずと好奇心がわいてしまったのだ。さらに、おまけがついているということで、その好奇心による選択を正当化できたのだが、実際そのおまけというのは、坂本龍一が寒そうなところにでかけて撮った写真2枚と、販売サイトでも聞くことができる楽曲の解説をひとつのファイルにまとめたもの----こちらも非圧縮AIFF形式(16bit 44kHz)だけど別に高音質である必要はない。おまけによる正当化はできなくて、残るは音質だけが頼りだが、それもぼくのMacBookの再生環境では心許ない。やはり、MP3かパッケージレスCDを買うべきだったかもしれない。その反省の元に、上記のチャートを作成したというわけだ。
せっかくなので、ファイルサイズについて書いておこう。
AIFF形式のファイル12個でサイズは1050MB。約1GBだ。少しでもディスク領域を節約するため、Apple Lossless形式に変換したら678MBになった。Losslessという言葉からわかるようにMP3やAACなどの非可逆圧縮形式とちがって、寸分のくるいなく元の形式に戻せる形式だ。約2/3のサイズに圧縮できたことになる。このサイズならさらに変換して非可逆圧縮形式にしなくて iPod にいれて持ち歩くこともできる。
上記の販売サイトを訪れると音楽が流れるが、その曲はアルバムに含まれていない。実はその曲が一番ききたかったのだが。
ナショナリズム【nationalism】 既得権を保護する運動の一つ。しばしば道徳や規範を偽装する。ただし、その道徳を守るべき対象は常に自分以外の誰かである。
いささか挑発的に書いてしまったけど、ぼくがナショナリズムやそれを奉ずる人々に対して持っている印象はおおむねこんなところだ。もちろん既得権を守ろうとするのは自然なことだし、必要な場合もあるだろう。でも、そういう類のものだということは意識しておいた方がいい。
なぜ、今更こんなことを書いているかというと、何気なくネットを巡回していたら、魂がぬけてしまうような情けない文章をみつけてしまったからだ。家族が強制送還されそうなフィリピン出身の女子中学生のブログに、日本に帰化したフランス人女性を自称して、反日勢力に利用されているだけなので、フィリピンに帰った方がいいと奨める書き込みだ。九分九厘日本人のいわゆるネット右翼の仕業で、よくこういうこと考えるよなと、あきれはてて逆に感心しそうになった。
思い出すのが数年前のイラク人質事件の時のことだ。人質だった人たちがどうのこうのというよりも、彼らを見殺しにさせるために、よってたかってデマや憶測をあちこちにばらまいていた人たちを許すことができなかったし、いまだにトラウマのように心に残り続けている。
まあ、そんなことでナショナリズムを引き合いに出すのは、まともなナショナリストの人にとって失礼なことで、一緒にするなと怒られてしまうのは重々承知だが、それほど過激とはいえないまでも、彼らの判断の背後にどうも妄想めいた思い込みがあって、それが上記に挙げた卑劣な行為をした人々と共通しているような気がして、勝手に危惧しているのだ。
それ以来ずっと無力感を感じてきた。ぼくは基本的に個人主義者だけど、それを支えてくれるものが、まわりに何もないというのをひしひしと感じる。欧米には、幻想半分かもしないけど、自立した個人が集合して作る社会という感覚があって(あとキリスト教の存在も大きいと思う。日本でも仏教がそういう役割を果たしてもいいと思うのにすっかり骨抜きにされてしまっている)、それがリベラルな価値を担保してくれるのだけど、日本では、世間という階層的なクラスターが不透明に結び合わさっているだけで、社会の存在感が希薄だ。正しさを担保する公的なものはほんとうに国家(ネイション)くらいしかないのだ。
だから、ナショナリストが単純に肯定的に語れるのに対して、どうしてももってまわった現状否定的な語り口になってしまう。そこを、大人の風格で鷹揚に迫られると、自分が悪かったような気分にもなってくる。
夏目漱石は、『私の個人主義』の中で、個人主義の淋しさについて語っている。
「個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らめて、去就を定めるのだから、ある場合にはたった一人ぼっちになって、淋しい心持がするのです。それはそのはずです。槙雑木でも束になっていれば心丈夫ですから。」
淋しいといいながら、「槙雑木」という表現には反骨の心意気を感じる。
ちなみに漱石の言葉を借りると個人主義というのはこんなこと。
「党派心がなくって理非がある主義なのです。朋党を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動しないという事なのです。」
いい定義だ。
そして、同時にこうもいっている。
「ただもう一つご注意までに申し上げておきたいのは、国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義にやはり重きをおく方が、私にはどうしても当然のように思われます。」
久しぶりにこの文章を読んで、勇気をもらった。
もし固くて高い壁があって、卵がそれにぶつかって割れていたら、どんなに壁が正しくて、どんなに卵がまちがっていても、わたしは卵の側に立ちます。なぜかって?わたしたちひとりひとりが卵だからですよ。壊れやすい卵の中の固有の魂です。わたしたちそれぞれが高い壁に立ち向かっています。高い壁というのは、個人としてならするべきではないと思うようなことでも、無理矢理させてしまうシステムのことです。
Murakami defies protests to accept Jerusalem prize | Books | guardian.co.uk(拙訳)
村上春樹がエルサレム賞を受賞した際のスピーチ、すばらしかった。辞退すべきだという人たちもいて、一ファンとして気をもんでいたのだが、やはり授賞式に参加して正解だったと思う。小説家という職業に就いているからには、自分の言葉で直接メッセージを伝える機会があるのに、それをしないというのは、職業倫理にもとる。
「卵」と「壁」。とても直接的ですばらしい比喩だ。本質的に争っているのは、パレスチナとイスラエルでも、善と悪でもない。これは卵と壁の戦いなのだ。壁を高くしようとしているのは向こう側だけじゃない、こちら側も同じで、知らずに知らずにすべてを敵と味方に分ける壁を築いてその番人になろうとしている。でも、卵は壁のどちら側にもいるし、壁をくずすには向こう側の卵たちの協力も必要だ。授賞式に参加したのは、壁の向こう側にメッセージをとどけるためだった。もし、欠席して沈黙を守っていたら、結果的に卵ではなく壁の側に立つことになっていただろう。
エルサレム賞が「社会における個人の自由」を描いた作家に贈られるというのは、ある意味、今のイスラエルに対して文句をつけない人はもらう資格がない賞ということだ。そういう意味で、まさに村上春樹がもらうべき賞といってもいいんじゃないか。
追記
講演の内容の全文が公開された。
すぐにネットで日本訳がでてくるだろうと思った予感はその通りで、すでにいくつか公開されているが、その中で一番しっくりきたのは以下の finalvent さんの訳だ。
報道で流れた要約だけで軽々しくものをいってはいけないとわかっていたが、つい勇み足でこのエントリーを書いてしまった。こうして全文を読んでも、トーンは要約から想像していたとおりで、この文章を書き直す必要はないと思うが、ただ「すばらしい」という言葉を伝え聞いた要約でなく、こちらの全文のほうにあらためて与えなおしたいと思う。
自分がどんなことにどれくらいお金を使っているのか知りたくなって、一ヶ月間支出を記録してみた。クレジットカードやSuicaなどのプリペイド方式のカードを経由する場合、実際お金が手元を離れる時期はまちまちだが、支払いの操作を行った日時で集計してみた。
当然、家賃と電気ガス等の公共料金が一番大きくて、56%。それに準ずる電話、プロバイダ等の通信料金が3.7%。あわせてだいたい60%くらい。このあたりは、季節ごとの変動はあれ、毎月あまり変わらないし、なかなかコントロールできない支出だ。
次に大きいのが食費で19.2%。実はアルコールの占める割合が大きい。ついでに衣類やヘルスケアなどが1.5%で、公共料金、食費とあわせて約80%、つまり、文明人として生きていくために支出の8割を費やしていることになる。
残りの2割が趣味の支出ということになる。決して多趣味というわけではないが、散歩、観劇、読書、音楽鑑賞、PCなどそれなりにコアな趣味をもっているので、それらが脳内に占める割合からするとずいぶん少なく感じる。まあ、お金がかからない趣味が多いということなのだろう。
その少ないパイのなかで一番の配分を受けたのは演劇で7.2%。たぶんこれは通常より多くて、来月以降に向けての仕込みがかさんだためだ。
次が、家電・PCで、6.6%。flickrのプロアカウントの代金やカメラのストラップで大半を占めていて、写真関係が多かったということになる。
その次にくるのが交通費で2.3%。散歩であちこち歩き回っているので、移動にはそれなりにお金がかかってしまう。
残りは、書籍、音楽、美術館の入場料などで、あわせても3%ちょっとだ。
特に節約しようと思ったわけではないが、1月は大きな買い物もなく、おとなしく身をひそめていたような消費傾向だった。つまり、これがぼくのベースラインということだ。もうちょっと贅沢しても平気そうだ。不況だからって節約しようなんて考えるのは世のため人のためにならないので、これからもどんどん消費して少しでも景気回復に貢献しようと思う。
年が改まったのを機に tumblr というサービスをはじめてみた。
tumblr とはテキスト、写真、動画などの WWW 上のコンテンツをクリップすることに特化したブログサービスだ。はてブなどのソーシャルブックマークと似ているが、そちらはあくまでコンテンツはリンク先にあるという形をとっているのに対して、tumblr はブログエントリーのなかにコンテンツをとりこんでしまう(使い方によっては著作権的に問題が発生する可能性がある)。そのほか、ReBlog といって、いったんほかのユーザがクリップしたエントリーを再度クリップする行為が、作法として認められている。それによって情報の伝搬がはかられるし、どれだけ注目されているかのバロメーターにもなる。
さて、tumblr を利用していてブラウザに firefox を使っているなら是非ともインストールしておきたい拡張が tombloo だ。tumblr だけでなく twitter、 はてブなどいろいろ対応している。クリップしたいコンテンツをブラウザで表示して、その上でポップアップメニューを開けば、コンテンツの種類に応じて、適切な方法でクリップしてくれる。
ふつうのブロガーはライターとしての役割をつとめることになるけど、tumblr では編集者としての役割をつとめることになる。目利きとして、有象無象のコンテンツのなかからこれはというものを選び出し、もっとも効果的な形で提示するのだ。実はライターより編集者のほうが創造的な職業ではないかと思ったりもする。ブロガーはライターと書いたけど、実際のところ、人気のあるブログを書いている人は、むしろ編集者としての力量にすぐれた人が多いような気がする。
別にそういうのにあやかろうとかいうわけではなく、純粋に楽しそうだからはじめてみた。よろしくお願いします。
届いた、これ。
夢に見るくらい欲しくなってしまったので、オンラインの Apple Store で注文していたのだ。7日から10日で出荷と表示されていたが、実際は出荷まで2日くらいだった。
今まで使っていたオーディオテクニカのATK-CH7と比較してみる。
遮音性が高い。混雑した電車の中や交通量の多い道でも音楽に集中できそう。
CH7みたいにきらびやかな高音、パワフルな低音というメリハリのきいたタイプではなく、つや消し加工をされたような音。
解像度が高い。いままでつぶれてだまになっていた、音の粒子ひとつひとつが繊細にききわけられる。
音の定位がとにかくすばらしい。音源や楽器の種類にもよるけど、特に打楽器系ははっきりと鳴っている場所が特定できる。
リモコンはやはり便利。右側のケーブルについた細長いコントローラで、再生、停止、音量の上下、曲のスキップ、巻き戻しができる。iPod だけでなくなんと MacBook でも使えた(対応しているのは2008年10月に発表された最新のモデルだけのようだ)。
まだ試してないけど、内蔵のマイクを使って iPod で録音ができるらしい。カフェのざわめきを撮って、家に帰ってからもカフェ気分でリラクシングタイムなんてことができるかもしれない。
twitterの新着情報を Mac の Growlに通知する ruby スクリプトを作ってみた。
ダウンロード
機能
- ユーザアイコン付きでつぶやきを通知
- friends_timeline, replies, direct_messages の中から必要な種別のつぶやきを選んで通知
- 指定した数以上のつぶやきが到着したときはまとめて表示
- 通知をクリックするとデフォルトブラウザで関連するページが開く
既知の問題点
- ユーザによってはアイコンが小さく表示される
- ID の順番がずれると抜けが生じる
必要なもの
ruby - Leopard に付属している 1.8.6 でもいいし、 MacPorts から最新バージョンをインストールしてもいい。
RubyCocoa - Leopard 付属の ruby なら最初からインストールされている。MacPorts の ruby なら同じく MacPorts から取得。
% sudo port install rb-cocoa
growlnotifier - たぶん一番高機能で安定している ruby - growl のインタフェースモジュール。 gem でインストールできるけど、使用する ruby と同じパスにある gem を使うように注意。
% sudo gem install growlnotifier
アイコンファイル(オプション) - 複数のつぶやきをまとめて通知するときにアイコンとして使う(なくてもいい)。ruby ファイルと同じディレクトリに twitter_notifier.icns という名前で置く。ちなみに icns ファイルは次のように tiff ファイルから変換することができる。
% tiff2icns input.tiff twitter_notifier.icns
設定
ホームディレクトリの下に .twitter_config.yml というファイルを作成して、以下のような内容を指定する。
uid: twitter の ID
password: twitter のパスワード
interval: twitter にアクセスする間隔を秒単位で(デフォルト 120)
max_simultaneous_notifies: ここで指定した数より多いつぶやきはまとめて表示(デフォルト 4)
実行
ダウンロードした twitter_notifier.rb を以下のように実行する。
% ruby twitter_notifier.rb
より便利な実行方法
[Mac OS X] シェルスクリプトとかの CUI アプリケーションを Mac OS X 方式の .app にする方法 [簡単 5 ステップ] に書いてある方法で .app にして実行することができる。リンク先ではシェルスクリプトだが ruby スクリプトでも可能だ。注意点は以下の通り。
- twitter_notifier.rb に実行権をつけること。 (% chmod 755 twitter_notifier.rb)
- twitter_notifier.rb の先頭行に使用する ruby のパスをフルパスで指定する。Leopard 付属なら '#! /usr/bin/ruby' だし MacPorts なら '#! /opt/local/bin/ruby'。
- アイコンファイルは上記で用意した twitter_notifier.icns を Contents/Resources におくと、複数のつぶやきをまとめて通知するとき使われる。
- 終了させるときは Dock でアプリケーションのアイコンのコンテクストメニューを開いて「終了」を選ぶ。
このあたりでいったんまとめということで、MacBook にインストールしたソフトウェアのうちこれまで紹介してこなかったものを自分の備忘録をかねて挙げておきたいと思う。
MacPorts - Mac OS はデフォルトでも UNIX 系の代表的なツールはほとんど使えるようになっているんけど、たまたまそのなかに含まれなかったり、最新のものが使いたかったりすることがある。そういうときにはこの MacPorts というパッケージ管理システムを使えば、検索、ダウンロード、インストール、そしてその後の管理を手軽に行うことができる。なお利用するには Mac OS 付属の開発環境 Xcode が必要なので、DVDROM からインストールしておく必要がある。
Carbon Emacs - emacs というのは UNIX 系 OS の中では大きな勢力を誇るエディターというか開発環境というかある意味小宇宙。これは Carbon という Mac OS の一世代前の API に移植された Emacs だ。軽快に動くし、日本語の表示・入力が設定なしで可能だし、よく使う拡張 elisp が標準で添付されているしで、いうことない。こちらは emacs 22ベースだが、現在開発中の emacs 23 では標準で Mac OS の最新の API Cocoa に対応するらしい。 そちらも楽しみだ。
iTerm - ターミナルソフト。一応挙げてみたが Leopard では 標準添付の Terminal.app が機能拡張されてマルチタブ対応になったり、不具合が解消されたりしているので、今や iTerm の利点はブックマーク機能くらいかもしれない。
macfuse,Macfusion - 似たような名前が二つ続いて紛らわしいが、前者がいろいろなものをファイルシステムとして透過的に扱うためのしくみを提供するフレームワークで、後者がその上に ftp と sftp を実装してインタフェースを提供するソフト。二つ合わせて使うと、ftp や sftp サーバの先がローカルディスクのように扱えるようになって、Finder でファイルを操作したりとか、通常のアプリケーションで読み書きしたりすることができるようになる。究極的に便利。
Growl。こういうアプリケーションのジャンルがあるのを最近になってはじめて知ったのだけど、さまざまな情報をユーザに通知するためのソフトウェアだ。たとえば新着メールの到着とか、今演奏がはじまった音楽とか、ハードウェアからの通知などなど。そんんなの通知されなくてもいいよと思っていたが、インストールしてみると通知されるのがなぜか楽しくて、欠かせないものような気がしてくる。
仕組みとしては、Growl は到着したメッセージを表示するだけで、アプリの方は Growl が理解できる形でメッセージを送ればいい。意外に多くのソフトが、Growl に対応していて驚いた。 Firefox、Thunderbird、Skype, Last.fm、iTerm......。当然といえば当然かもしれないが、逆に Apple 純正のソフトが Growl に対応していないのが驚きだったりもしてくる。そのため、Growl には iTunes、Mail と Growl を連携するためのソフトが一緒についてくる。これらをインストールすると、iTunes でこれから演奏する曲とか、Mail に届いた新着メッセージが Growl で表示されるようになる。twitter のタイムラインを通知してくれるソフトがあまりないのが意外だったが、どういうわけか、ruby のスクリプトで作ったサンプル的なスクリプトがいくつか見つかる。中身をのぞいてみるとそれぞれ一長一短なので、それらをマージして決定版を作りたくなってしまった。
