Journal: 2003年アーカイブ

2003

| コメント(0)

一応お約束なので、このサイトでも今年一年をふりかえってみよう。

まず芝居をたくさんみた。年間20本観たのはもちろん過去最高だし、常連となっている劇団の数が、観始めた1998年以来ジリ貧になっていたのがここにきて一気に拡大できたのはうれしい。

あと、本も、感想をつけるようにしてから、積読にならずにちゃんと読めるようになったし、作家の範囲も広がった。保坂和志、阿部和重、ニコルソン・ベーカーなどなど。

暮れが近づいてから写真という趣味を復活させたりもした。料理でいえば、la nouvelle cuisine 、つまり素材を大事にして味付けはあっさりめということで、Photoshopによるレタッチは最小限にしている。写真を撮るということには、何かを表現するということのエッセンスがつまっているような気がして、ある瞬間それがわかって、次の瞬間に忘れてしまうことの繰り返しだ。

散歩は、マンネリと戦いながらどうにかこうにか続けてきた。3回に1回くらい、歩いていることの幸福感が感じられれば、御の字だと思っている。イチロウの打率を目指そう。

プロバイダを変えたり、URL・システムを頻繁に変えたりして、読んでくださる方にはちょっと不便をおかけしたかもしれない。Movable Typeは結構いじりがいのあるシステムなので、遊んでしまった。

その他の私生活は、とりあえず平穏(ひとつできごとがあったが、少なくともそれは悪い方向へ向かうものではないと思う)。低空飛行を続けている。

反面、このサイトも、ぼく自身も、自分の殻により一層とじこもり気味になってきている。よくないと思いつつも、今は殻の中がそれなりに気持ちいい。でも、メールでやりとりをしてきた I さんと7月に実際にお会いする機会があったのはよいことだった。

世界は…ひどかった。来年はもうあんなばかげたことがないように。

そうそう、忘れていたわけではないが、今年はiPodを買ったのだった。入れている曲数は1024曲ちょうどで、ジャンルはクラシック、ジャズ、ポップスとさまざま。最近はランダムな曲順で聞くことにしているので、知らない街を散歩するときに次の角を曲がったらどんな風景が広がっているか想像もできないように、次の曲が想像できなくて楽しい。

blog français

| コメント(0)

BLOGとかWWW日記に書かれる内容は大きく二つに分けられて、ひとつは情報としての価値があること、もうひとつは情報としては無価値な個人的な心情や状況の報告だ。このサイトについていえば、後者の比重が大きいと思っている。それなりにサービス精神というものがないわけではないので、できれば価値ある情報を載せていきたいと思いつつ、こちらは情報の流れからいえばかなり下流に位置しているので、上流で公開されていることをあらためてこちらに載せることに意味を見出せていないというのが現状だ。

そこで思いついたのがフランス語。一応辞書をひきひきならば、フランス語の意味をとることはできるので、フランスのBLOGを情報源にして、こちらで紹介するのはどうかなんて思ったりしていて、早速ひとつおもしろいBLOGを見つけた。

bleu blanc blogというのがそれで、デザインが三色旗のように青、白、赤になっていていかにもフランスという感じがする。名前を訳せば「青白BLOG」だ。話題としてはマルチメディア系がメインだが、日本語がそのまま書かれたエントリーがあったりして、少し日本に関心をもっていらっしゃるようだ。

今日は、そこで見つけた色の錯覚の話題を紹介する。Checkershadow IllusionのチェッカーボードのマスAとマスBが同じ色なんて信じられますか?2つのマスを並べてみてびっくり。

CM

| コメント(0)

コマーシャルメッセージ。

「はい、もしもし」

「オレオレ」

「失礼ですが、どちらさまでしょう。」

「オレオレオレ」

「どうもいつもお世話になっております」

「オレオーレ」

「といいますと、もしや…」

「オレオレ」

「やはり、そういうことでしたか。」

「オレオレオレオレ?!」

「うーん。300万ならすぐになんとかできますがいかがでしょう。」

「オレッ!」

「では、スイス銀行の口座に振り込んでおきます。」 (カチャ)

(え?スイス銀行って信用金庫のCDでおろせたっけ?ていうか、オレ、スイス銀行に口座なんかないじゃん…)

そんなあなたもスイス銀行。

侵食

| コメント(0)

休日出勤の帰り、駅前。

追い抜いていった男性の革靴がきらりと光って、ふだんみることもないレンガ模様の地面が目に入った。そこには1円玉より若干小さな黒い円形。ふと手にとると、イヤフォンを包むパッドだった。そういえば、数日前からiPodのイヤフォンの片側のパッドがはずれてどこかにいってしまっていたのだが、探すことすらしていなかった。ぼくはそれを、白く冷たい貝殻の形をした部分に、すっぽりかぶせた。

最近、現実がだんだん夢に似てきている。

学べ、生きろ

| コメント(0)

「Learn as if you will live forever, Live as if you will die tomorrow.(永遠に生きるかのように学べ。明日死ぬかのように生きろ)」マハトマ・ガンジー

ほぼ日刊イトイ新聞 -ガンジーさん

たまに「ほぼ日刊イトイ新聞」を読むにつけ、糸井重里もおじさんになったなと思ってしまう今日この頃なのだが、でも歳をとってこそ正しく評価できることというのがあるはずで、それはたとえば次の言葉に端的に表れていたりする。

ぼく自身は、かなり最近まで、「明日死んでも悔いを残さない」という気持に、ちょっと自信があったのでした。しかし、いつのまにか、「たくさん生きること」がとても大事だと思うようになりました。

未来に希望などもてないし、「長く」生きたいとは思わないけど、「たくさん」生きたいというのはよくわかる気がする。量としての生。あなたの人生は250kgです。おお、小錦並だ。たぶん、これは減ることはないんじゃないか。

もともとこの言葉は、糸井重里が、「ほぼ日刊イトイ新聞」にコーナーを持っていた「癌爺(ガンジー)」という癌患者の人の命日に寄せたもので、冒頭にかかげたのは同じページにあった読者の人から寄せられたというすばらしい言葉だ。

今のぼくはまるで逆なのだが…。

Learn as if you will die tomorrow , Live as if you will live forever.

あるいは、

Live as if you died yesterday.

視線

| コメント(0)

最近、写真にこっている。実態からいうと、カメラを持ち歩いている時間よりPhotoshopでレタッチをしている時間の方が圧倒的に長いので、それを「写真」といいきってしまうのもなんだが、それでもシャッターをきることによって少しずつ写真というのがどういうものなのか感覚としてわかってきたような気がする。それは、ちょっとした写真の入門書を読めば最初の数ページに書いてあることにほかならないのだけど、でもそれを空虚な「格言」ではなく「感覚」としてわかるのは意味のあることだと思うのだ。

つまりは、写真に記録されるのは、カメラの向こうにあるものではなく、カメラのこちら側からのぞきこむ視線だということ。目力というと意味が激しくちがってしまいそうなのだけど、視線にはある一点を強く見つめるシャープさがなければならない。だから、乱雑にいろいろなものが写りこんでいてどこを見ているかわからない写真はだめなのだ。

ただし、リアリティということを考えれば、あまりにも視線がシャープすぎるのもよくなくて、まわりのものにも適度に目を配らなければいけない。脇役に語らせてこそ、主役の存在感が増すのだ。そのあたりのバランスが難しい。

と、えらそうなことを書いたが、まったくといっていいくらい実践はできておらず、いつもぼんやりとした視線でぼんやりシャッターをきってしまっている。結局は、レタッチ頼りで、1月に出るPhotoshop CSのバージョンアップ版を買うことになりそうだ。

病みつつ生きる

| コメント(0)

「重要なのは病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ」カミュ

「絶望が虚妄であるのは希望と同様である」ペテーフィ→魯迅

別に「好きな言葉」コレクターというわけではないが、他人の「好きな言葉」というのは結構気になって、注意して読んでしまう。

先頭に掲げたのはたまたま東大の先生の塩川さんという方のページを訪れて、見つけた好きな言葉だ。

単純に前向きな言葉にはまったく心を動かされないけど、こういう、後ろを向いているときに、とんとんと肩をたたかれるような言葉には、つい振り向きたくなってしまう。

M.L.S.

| コメント(0)

マンハッタンラブストーリー最終回

今シーズン最高の(といってもぼくはこれ以外にトリックしかみていないが)テレビドラマが終わってしまった。視聴率はとれなかったそうだが、さもありなん。誰でもが楽しめる番組ではなかった。でも楽しめた人には際限なく楽しめた番組だと思うし、視聴率ではどうしてもそういうところははかれない。というか視聴率ではかれるのは視聴率であり、それは視聴率以外の何も意味していないのだ。

というわけで、親愛なるハロルド山田さんさようなら。その名前はありえないよ。最高。

苦虫

| コメント(1)

とりあえず、SAQとふらんせ入門をとりこむ作業が完了しました。どちらも移行にあわせて少し見直しを行っています。ふらんせ入門は章を細かく分割したくらいだが、SAQについては、あまりうまく回答できなかったものや、現在まだ回答がわかってないものなどを一部削除しました。

ちなみに、未解決という理由で削除したのは「苦虫」です。

苦虫をかみつぶしたような顔といいますが、この苦虫とは何でしょう?広辞苑で調べてみたところ、「噛めばにがいだろうと想像される虫。」ということです。他の辞書にも二、三あたってみましたが、ほとんど同様で、「特定の虫をさす言葉ではない」とか「実在しない」という説明が追加されているくらいでした。

さて、実在しない想像上の虫ということであれば、当然誰か最初に想像した人がいるはずです。それは誰でしょう?何か文献は残っていないのでしょうか?

また、実際かんでみた結果苦かったというわけではなく、外見からにがいだろうと想像されるわけですから、その外見についてなにかしらの記述が残っていてしかるべきです。例えば足は何本だとか、色は何色だとか。梅干は見ただけですっぱそうだと感じますが、これは本能的に判断しているわけではなく、経験によるものです。そうすると、苦虫も、経験によってにがいと知っているものに似ているということが考えられます。例えば、こげたもの。こげたような外見の虫なんでしょうか?

何か知っていることがあれば、教えてください。

話をもとに戻して今回の移行で一番苦労したのは日付です。一応BLOGなので、どうしても記事に日付をつけなければなりません。80%くらいはWWWに載せた日が判明しているものの残りの20%がわからない。できるだけ正確にしようとあちこち調べるのにほんとうに骨が折れました。努力の甲斐あって、おそらくほとんどはプラスマイナス数日、最悪でも一ヶ月以内の誤差でおさまっているはずです。ふう、つかれた。