冬がやってくる前のひとときの穏やかさを惜しみに、今週はずっと昼休みに海辺に出かけた。皆勤賞だ。
そうしていると毎日見かける顔というものがあるもので、まずは中国語を話す人たちの一団。中心にいるのは元気いっぱいという感じの小柄な若い女性(とりあえず彼女を「中華姫」と呼ぶ)で、中華姫から一番近いところにいるのが「高橋君」。いや、彼も中国語を話すのだが、大柄でヌボーとしたところがぼくの知っている高橋君に似ているのだ。あとは目立たない若い男性が一人か二人。そこに最近、眼鏡をかけた男性が加わった。いつもスーツ姿で、一見して彼らよりひとまわり上に見える。最初のうち、仲間に入ろうと一生懸命話しかけているような様子がいたいたしく思えたが、うまく受け入れてもらえたようで、今では自然にとけ込んでいる。
少し離れた灰皿のあたりを占拠している「姉御」。颯爽とした美人だがヘビースモーカーだ。いつも「若い衆その1」と「若い衆その2」を従えている。実は年齢はあまり変わらないのかもしれないけど、「姉御」の風格の前では格下に見えてしまう。「その1」と「その2」の区別はぼくにはつかない。というかどうでもいい。
一番気になる存在が「クマ課長」と「ミススマイル」だ。「ミススマイル」は特別美人というわけではないが、意志が強そうな顔立ちに笑顔が映える女性だ。はじめてみかけたのは彼女ともう一人の女性がベンチに座って食事をしている場面で、そこへクマのようにごつくて毛深い中年男性が近寄っていったのだった。彼は二人の会社の上司かなんかだろうと決め込み、せっかくの食事中に水をさして無粋なやつだなと思っていたら、仲間どおしの和やかなやりとりがはじまって、へえと感心したのだった。
今週はもうひとりの女性の姿は見かけず、二人だけだった。最初「ミススマイル」だけがいて、どこかでみた顔だなと思っていたのが、「クマ課長」が現れて思い出したのだった。そのとき「ミススマイル」は携帯で仕事の愚痴をこぼしていた(相手はいっしょに食事をしていた女性かもしれない)。何かセリフのようなものがあってそれがいきなり変更されて涙がでるほど悔しいというような内容だったが、もしかして劇団の女優とかをやっているのだろうか。あるいは、サポートセンターで定型の回答をするのが仕事かもしれないが。「クマ課長」の方はワイシャツにネクタイ姿なので近くの会社から昼休みに抜け出してきたのは間違いないが、「ミススマイル」の方は上着を着てバッグをもっている。わざわざそこに来ているという感じなのだ。二人がどういう関係なのだろうと想像をめぐらせるのが楽しい。恋愛とかそういうのではなく、もっとうち解けた父と娘の関係のようなものを感じる(そこまで歳が離れていないと思うけど)。
この海辺で繰り広げられているのは、生も死も恋愛もお金もまったく無縁な物語だ。何事も起こらないという緊張感に貫かれたこの物語から目を離すことができない。ぼくもまた登場人物のひとりであり、仕事に疲れて虚脱状態の男を演じている。
背中の茂みでがさごそ音がすると思ったら、茶虎の猫が飛び出してきた。あらたなキャラクターの登場だ。

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