Journal: 2007年アーカイブ

Walkrr

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walkrr.jpg

いくつかある趣味の中で一番楽しみの強度が大きいのは、コンピュータ、というよりコンピュータで何かを作ることかもしれない。先々週と先週の連休は、それぞれ別の(といっても関連はしている)ものづくりに励んでいた。一応エンジニアとしてのお勉強というお題目はあるが、作っているのは散歩関係のソフトウェアなので、100%趣味の世界だ。

先々週は、Adobe Airで散歩の径路を入力するソフトを作ろうとしていた。Google Maps APIは登録時に設定した公開URL以外では使えないかと思っていたが、file://...http://localhost...はOKなようなので、フォーラム - Flex User Groupを参考にして、成功したのはよかったが、結局AirのHTMLコンポーネントの不具合(まだベータ版なので仕方ない)で、地図のクリックが多重にカウントされたりずれた位置になってしまったりしたので、プロジェクトを放棄した。

代わりに先週手をつけたのが、自作自演の散歩コースを記録、検索するソフトWalkDBをRuby on Railsで実装し直なおすことだ。ドラクエと同じようにWalkDBはそのときもっともホットなプラットフォームで作ることにしているので、これまで素のJava Servlet→Struts→DWRと基本的にJavaベースで推移してきたが、ここで一気にRubyに乗り換えることにした。ついでに仕様を変えてGoogle Mapsと融合させることにした。データの入力も、表示も同じ画面の中のGoogle Mapsでおこなう。名付けてWalkrrだ。

かなり長丁場になることを覚悟していたのだけど、さすが話題のRuby on Rails。思ったよりずっと簡単にできてしまった。しかも何だか楽しくて寝食忘れそうになるくらい夢中になった。レシピは以下の通り(なお、環境はWindowsだ)。細かい手順は書かないが、だいたい何をどうしたか想像できると思う。

  • Ruby - 当初ActiveScriptRubyを使っていたが、mongrelのservice化に失敗したので、One-Click Ruby Installerに変更。いずれにせよRubyGemまで一緒に入る。
  • RadRails - 開発環境は何といってもこれ。
  • PostgreSQLとPostGIS - 基本的に従来通りだがRailsの規約にあわせてスキーマを変える。
  • rails, postgres-pr, GeoRuby, mongrel(WWWサーバ、Webrickより本格的),mongrel_service(mongrelをWindows Service化) - gemでinstallする。
  • Spatial Adapter for Rails - Railsのプラグイン。svnで公開されているので、何らかの手段で入手して、vender/pluginsの下におく。

あとはTIPSをいくつか。

  • Ajaxで取得したデータをpaginationするやり方は→someedaの日記 - [Ruby on Rails]Ajax pagination(ページネーション)
  • exportというアクション名をつけたら正常に動作しなかった。Railsの予約語?
  • XMLを生成するときはrxmlテンプレートを利用
  • 同じnameのデータを複数渡して、サーバに配列として受け取らせる場合には、nameをfoo[]などとすればよい。
  • ActionRecord.destroyにIDの配列を渡したときは、戻り値はIDの配列。仕様の整合性では、削除したレコードの中身の配列が正しそうなのだが。仕方ないので、params[:id].map{|id| ActionRecord.destroy(id)}とした。
  • 地理型カラムを含むActionRecordをparams丸ごと渡してnewしても、地理型カラムはnullのまま。GeoRubyの機能でGeometryインスタンスを別途作成して、それを含め1カラムずつ指定してnewする。
  • select_tagに配列データをoptionとして指定する方法→第2引数にoptions_for_select()[[...],...]と指定
  • 任意のSQLを実行するときは、ActiveRecord::Base#connection.execute
  • 不可解な動作をするときや引数の指定の仕方がわからないときはソース。Ruby on Rails Manualが御用達。

最後に参考にした本を挙げておく。順を追って書かれていてわかりやすかった。

黒沢清『叫』

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叫 プレミアム・エディション

ホラー映画は好きじゃない。恐怖という動物的な感情を一方的に刺激されるのがことさらに受動的な気がして、それならぼくじゃなくてブードゥーの人形を置いておいて代わりに怖がってもらえばいいと思ってしまうのだ。黒沢清もそんなホラー映画ばかりとっている有象無象の映画監督の一人とばかり思いこんでいたが、そうでないことを知ったのは今年(2007年)の2月、Lifeというラジオ番組に出演していたご本人の言葉を聞いてからのことだ。

よくここまでの年月撮り続けられたものだと不思議に思う人もいるだろうが、それは私が何本撮っても映画好きであることをやめなかったからというのが唯一の理由で、確かにかなりの数の映画監督がそのうち映画好きでも何でもなくなり、歳を重ねるにつれて撮り続けるための奇妙な狂った理由、尋常でない事情、あるいは高尚な目的意識などを獲得していくのだろうが、残念ながら今日まで私はそのようなものと無縁である。(『黒沢清の映画術』より)

それから少しずつ、彼の映画を観てきた。『アカルイミライ』、『ロフト』、『カリスマ』、『Cure キュア』、そして今年公開されたばかりの『叫』。これらはホラーとかサスペンスというくくりにスポッと収めることはできなくて、かなりの部分がはみだしている。そして、そのはみだしている部分こそが黒沢清の描きたいテーマなのではないかと思えてきた。

『アカルイミライ』で元雇用主夫妻を惨殺する有田守(浅野忠信)と猛毒をもつアカクラゲ、周囲の樹を枯死させる『カリスマ』という名の樹、『Cure キュア』で人の憎悪を増幅、解放する触媒の役割を果たす間宮という男(萩原聖人)、自分を見捨てた人々を死に追いやる『叫』の赤いドレスの幽霊(葉月里緒奈)。これらは日常的な生活を送る人間の側からみれば害毒以外なにものでもない存在だ。いわば悪そのものといっていいかもしれない。ただし、それは善に対抗する悪といった陳腐なものではなく、ぼくらの理解を超えた純粋な力そのものだ。スピノザがいったようにぼくらは自分たちに都合がいいものを善と呼び、都合が悪いものを悪と呼び習わしているだけのことなのだ。

実際、その力のために何人もの人が死に、あるいは破滅するのだけど、何かの圧倒的な流れをみているときのような不思議な解放感があり、ときには希望のようなものさえ感じさせる。その力で救われるものがあるというか、その力によってしか救われないものがあるというのが、黒沢清の確信のような気がする。

『叫』は怖いといっている人もいるけど、(視野の中から赤いものを探してしまう妙な癖がついてしまったものの)ぼくはあまり恐怖は感じなかった。というのも葉月里緒奈演じる幽霊があまり死人めいていなくて、明るいところを苦にせず、自分でドアを開けたり、空を自由に飛んだりして、ヴァイタリティにあふれていたからだ。幽霊なのでそのヴァイタリティの源泉は恨みということになるけど、それは過去から現代という時代全体に投げかけられた恨みだ。ノスタルジー(現代から過去への憧憬)とはちょうど正反対。湾岸のまさにゴーストタウン的な風景が、その不条理な恨みにリアリティーを与えていた。

タワーレコードのポイントカードが変わった。従来は、発行日から1年間有効で、500円購入につき1ポイント、100ポイント(5万円購入分)たまると3000円分の買い物ができるというシステム(レートは下がるが途中での還元も可能)だったが、新カードでは、最後のカード利用から1年以内に利用すれば継続できるというのは、実質無期限になってうれしいのだが、ポイントのたまり方と使い方は以下のようになっている。

  • 1回のお買い上げ500円(税込)ごとに20ポイントを加算
  • 1,000ポイント毎に200ポイントのボーナス・ポイントをプレゼント
  • 1ポイント=1円で1,000ポイント単位で利用可能

ちょっとややこしいが、1000円割引の権利を獲得するのに、カード利用開始当初は25,000円の利用が必要で、二順目以降は20,000円の利用が必要ということだ。二巡目以降だけをみれば還元率は5%ということになる。従来は6%の還元率だったので1%ダウンだ。まあ、その6%を享受できるのはごく一部のコアなタワレコマニアだけだったのが、裾野が広がって5%だからいいじゃんという話なのだろうけど、ぼくは楽々100ポイントたまるハイパーコアなカスタマーだったので、ちょっと、これまでのご愛顧が裏切られたような気もする。

そんなぼくもずっとコンスタントに音楽CDを買い続けていたわけではなく、あるきっかけがあるまでは音楽を聴く習慣すらなくなりかけていた。その流れを変えたきっかけとはiPodの登場で、ライブラリーとして音楽を持ち歩くことができるようなったおかげで、再びCDを買いまくるようになったのだ。

iPodに限らず。再生装置が音楽に与える影響は思いの外大きくて、聴く音楽の量だけでなくジャンルが変わったりもする。最近まで使っていたインナーイヤータイプのイヤフォンは音質そのものはいいのだけど、外部の音が入り込みやすかったり、低音域が薄かったりで、だんだんIPodでPodcastばかり聴くようになってしまっていた。そこで、BoseのTriPort OEを買った。発売されたばかりのときに視聴して、その音質に驚いたのだけど、値段も高いし、オーバーヘッドの耳にかぶせるタイプのヘッドフォンなので、暑苦しいし、かさばるしで、そのときは二の足を踏んだのだ。結局、買うことになったが、やはり低音域がすばらしい。今まで聞こえなかった音が聞こえる。音楽を聴く喜びが再びよみがえったような気がする。

話をそれたので、最後に再びタワレコのポイントに話を戻して、1000ポイント以上たまったときにいつそのポイントを利用すれば得かというと、他社のポイントカードと同じで、基本的には1000ポイントたまってすぐ利用しても、10000ポイントためても変わりはない。だた、Wポイントセール等還元率が高い時にはその恩恵を最大限に受けるために、ポイント利用は控えた方がいい。それだけは注意が必要だ。

ついでに最近タワレコで買ったCDを挙げておく。

ペンギン・カフェ・オーケストラ-ベスト- yanokami

サイケ屋

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幼少のみぎり、近くにサイケ屋という駄菓子屋があった。

内装が1960年代サイケデリックというわけでも、食べると極彩色の幻覚が見られる菓子が売っているわけでもなく、初老の姉妹が経営するいたって地味な駄菓子屋だった。おそらくは、ほんとうの屋号はサイキ屋かサエキ屋なのだと思う。

同じ並びに少し離れて、さらに二軒の駄菓子屋があって、それぞれ古サイケ屋、新サイケ屋と呼び習わされていた。共にサイケ屋とは何の関係もないのだが、屋号が目につくところに書かれていないこともあり、「サイケ屋」が普通名詞化してそう呼ばれるようになったのだろう。

古サイケ屋のおばさんは、その名の通り、かなり年をとっていたが、新サイケ屋のおばさんが特に若いということはなかったことははっきりと記憶している。新サイケ屋ではもんじゃ焼きが食べられたので、そこに新鮮味があったのかもしれない。

古サイケ屋と新サイケ屋のおばさんたちはその呼び名に対してどんな思いを抱いていたのだろう。

なんていうことを唐突に思い出してしまったが、あの頃に戻りたいなんてことはまったく思わない。子供のころは(今よりさらに)自分の身や心を自分でどうすることもできなかった。駄菓子屋にいくことは数少ない自由の一つだったのだ。

梅雨とラムと

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関東も梅雨入りした。

鬱陶しい雨の中、景気づけに、以前から飲みたかったラム酒というものを買ってみた。カリブ海の海賊御用達の、さとうきびから造った蒸留酒だ。海賊ではないのでストレートやロックで飲む侠気はなく、スーパーで割り代のコーラやらオレンジジュースやらを買って外に出たとき、悲劇は起こった。

カサ、カバン、スーパーの袋、ラムの入った袋。荷物が多すぎたのだ。指からそのうち一つがすべって地面にたたきつけられた。ガッシャーン。まるで車にひかれた動物のように、褐色の液体が血のようにどくどくと流れ出している。そう、落ちたのはラム酒の瓶だった。臭いがたまらない。泥酔した中年サラリーマンを1ダース並べたような臭いがあたりにまきちらされている。

悪臭発生源かつ危険物と化した袋の中の物体をそのままうち捨てて帰りたかったが、かすかに残った公徳心が袋を拾い上げた。家までの道すがら、足跡を残すように、袋の中から少しずつ残りのアルコールが地面に落ちていった。

落ちるだけ落ちても臭いはそのままで、ぼくはそれを部屋の中に入れる気にはならなかった。ゴミ置き場(カギ付き)に直行しようとカギを探したが、どこにも見あたらない。オフィスに忘れてきたのだった。ああああと雨の中叫ぶ……。

twitterはじめてみた

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twitterというサービスがはやっているようなので試しに登録してみた。最初、"What am I doing"というのを真に受けて、「仕事中」とか「ランチ」とか記録してみたのだが、ひとりでそんなこと書いてみてもちっともおもしろくない。どうやら、みんなはコミュニケーションの手段として使っているようだ。

天気予報を知らせてくれるサービスもあったりして、使い方の可能性はほかにもいろいろありそうな気がする。ぼくはぼくなりに、誰宛でもない連絡事項、脈絡のない引用、噛み殺した笑いとあくびの残りかすなんかを、つれづれなるままに記録してみようかと思っている。twitterというよりtwit(=脳たりん)のような感じで。

このサイトのトップページの左下にも貼りつけてあります。

カート・ヴォネガットが亡くなってしまった。そっけない死亡記事にはボネガットなんて書いてあるので、誰かほかの人のような気がしてしまうが(そうだったらどんなにかいいのに)、2007年4月11日に84歳で亡くなったのはまぎれもなくヴォネガットその人だった。

いまだどこにもいきつけていないぼくが、原点のひとつなんていうことはおこがましくてできないけど、彼の作品に大きな影響を受けてきたことはまぎれもない事実だ。ぼくのベスト5を順不同にあげてみよう。

最近入手しにくくなっていたようだけど、今回の死をきっかけに改善されるかもしれない。皮肉なはなしだが、ヴォネガットは「そういうものだ」といいながら苦い笑みを浮かべているだろう。

どの作品も、戦争や人間の愚かさを笑い飛ばし、その悲哀を不思議なオブラートにくるんで提供してくれた。そのオブラートはとびきり苦くて、まるで真理の味のようだった。

宗教的懐疑論者だった彼は、冥福を祈るなんてことはいってほしくないだろう。タイトルに掲げたのは、『スローターハウス5』の中である登場人物の墓碑銘に使われたことばだけど、でもそれよりも、彼の公式WWWサイトに掲げられている、出入口が開いて中の鳥が飛び去ってしまった鳥かごの絵が、彼の死にはふさわしい。

WalkDB2

以前も書いたが、これまで歩いた散歩のコースをDB化して管理・検索するアプリケーションWalkDBを自作している。単に趣味のデータをいじりまわすためだけでなく、そのときどきのおもしろそうな技術的な要素をとりこんで試すのも目的の一つだ。従来べたのServletで書いていたのを2004年10月にStrutsフレームワークに移植してからは大きなアーキテクチャーの変更はしていなかったが、それでもO/Rマッピングライブラリのibatisを採用したりだとか、無償で公開されている全国市区町村境データを使って市区町村による絞り込み検索をサポートしたりなど、それなりにブラッシュアップを重ねてはいた。

もともと画面遷移が必要ないアプリなのに、Strutsのしきたりに従って律儀に画面遷移を行ってきたが、この辺で、Strutsを捨て、最近流行のAjaxで、必要なデータを非同期に取得して画面の一部を書き換えるようなアーキテクチャーにすることにした。名付けて、WalkDB2.0。

ライブラリはDWRを使う。サーバ側でPOJOのオブジェクトとメソッドを定義しておけば、そのメソッドをAjaxで呼び出すためのクライアント側のコードを自動的に生成してくれる便利なやつだ。

さてここからがようやく本題だ。検討してみると、このAjax経由の呼び出しだけでは実現できない機能があることがわかった。ファイルのダウンロードとアップロードだ。ダウンロードはレスポンスをAjax的にjavascriptの関数が受け取るのではなく、古典的にブラウザに処理させてファイル保存ダイアログを表示してもらわなくてはいけない。アップロードはどうしても<input type="file" ... >を含むformをsubmitする必要があり、サーバ側でもDWRと別の枠組みでそれを処理しなくてはいけない。しかも、ふつうにsubmitしてしまうと画面遷移が発生してしまう。

基本的に非同期で処理を行い画面遷移が発生しないようにするという当初の目標をキープしつつ、できるだけDWRの枠組みの中で処理を実装する方法を考えてみた。

ダウンロードに関しては、DWRでファイル作成までを行い、その完了後呼ばれるクライアント側のコールバックの中から、location.href = ...でファイルダウンロード専用サーブレットのURLに遷移するようにした(レスポンスのヘッダでContent-dispositionをattachmentにしているので、実際は遷移は発生せずファイル保存ダイアログが開く)。

アップロードに関しては、あらかじめiframeを用意しておいて、formのtargetをそちらにすれば画面遷移しないようにすることができる。サーバ側ではファイルアップロード専用のサーブレットがformからの入力を受けとめ、アップロードされたファイルを保存する。クライアント側ではiframeのonloadイベントハンドラ中で(IEではonreadystatechangeイベントハンドラの中でreadystateがcompleteになったときに)DWRの処理を発行し、その中で先ほどアップロードされたファイルを処理する。

といった感じで、一応できることはできたが、やはり無理矢理感がただよう。もっといい方法をそのうち思いつくかも知れない。

Hasta la Vista, Baby

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コンビニでジュースを買うような感じで、発売日(1月30日)にWindows Vistaを買ってしまった。

XPはエディションがProfessionalとHomeしかなくて、ProfessionalはHomeの機能を包含していたので、迷うことなく買うエディションを選べたが、Vistaでは店頭売りされているものだけでHome Basic, Home Premium, Business, Ultimateという4つのエディションがある。さらに製品版かアップグレード版かという選択もある。ふつうに考えるとXPのライセンスをもっているので、アップグレード版でいいはずだが、Vistaではアップグレード対象のOS(XP or 2000)が稼動しているPCでのみアップグレードインストーラーを起動できるという制限がある。今回は問題ないが、ゆくゆくHDDを換装して新規にインストールするときは、まず2000かXPをインストールするという余計な手間が増えてしまう。

Home BasicにはVistaの売りのひとつのAeroというユーザインタフェースが搭載されてないし、ごてごてと使わなそうな機能が詰め込まれたUltimateは趣味じゃないので、Home PremiumとBusinessが選択肢に残るが、この2つは単純な包含関係になっていない。つまり、Home Premiumだけに搭載された機能とBusinessだけに搭載された機能がそれぞれあるわけだ。Businessの方はバックアップとか暗号化ディスクなどセキュリティーや堅牢性を高めるための機能が搭載されていて、Home PremiumはMedia Center、DVDメーカーなどの機能。どちらもあまり必要性を感じなかったが、結局、価格の安さでHome Premium、そして再インストール時の面倒さは甘受することにしてアップグレード版を選択した。

早速インストール。XP ProfessionalからVista Home Premiumへは、アップグレードインストールすることができない。つまりOSの設定やインストールされているアプリケーションの情報は初期化されてしまう。既存のファイルは(起動ドライブ):\Windows.oldに保存される。インストールは正味1時間程度で問題なく完了した。

使ってみて、予想以上にXPと違っているので驚いた。いまさらながら2000からXPはマイナーチェンジだったということを確認させられた。

XP単体では市販やレンタルのDVDを再生できなかったが、Vistaではさすがにサポートされたようだ。ただし、ドライブもディスクももっていないので関係ないが、次世代DVDといわれるHD DVDやBlue Rayはサポートされないという話もある。

ルック&フィールには洗練されているという淡い印象をもっただけで、特に違和感も感動も感じなかった。サイドバー上に配置できるガジェットはまだまだ種類が少ないものの便利だ。Mac OS Xのダッシュボード+ウィジェットの完全な模倣だけど、他のアプリと同時に使えるのがいい。

ReadyBoostといって、高速タイプのUSBメモリーやSDカードをHDDのキャッシュとして使う機能が提供された。Vistaに販促用の512MBのUSBメモリーがついてきたので、試してみたが、挿したときと抜いたときの差をほとんど体感できなかった。まあ、当たり前の話で、現在メインメモリーが2GBあり、普段でもHDDはそちらにキャッシュされているのだ。メインメモリーに余裕がない状況で役に立つ技術だ。

フォルダー構成がかなり異なっている。従来の"Documents and Settings"は"Users"になり、その中で全ユーザ共通のデータを保持していた"Documents and Settings\All Users"は(起動ドライブ):\ProgramDataにくくりだされた。フォルダー名からスペースがなくなったのはいいことだ。クオーテーションで囲むか囲まないかで悩む必要がなくなる。互換性のためアプリケーションからは旧来のパスでも参照できるようにリンクがはられている。ただし、"Program Files"はそのままだ。

さて、影響が一番大きいのはUser Account Control (UAC)という機能だ。従来、管理者権限をもったユーザならばほとんどのリソースに無条件でアクセスできたのを、通常時は一般ユーザ権限で操作を行い、操作ごとに必要に応じてダイアログを表示して、管理者権限に切り替えるかどうかを選択させるしくみだ。具体的には、"Windows"や"Program Files"フォルダー以下のファイル操作や、レジストリのHKEYLOCALMACHINEハイブのデータ操作が制限される。ちゃんとUACに対応しているアプリならば確認のダイアログがでてきてうざいだけだけど、未対応のアプリだと正常に動作しない可能性がある。一応、未対応のアプリがこれらの領域のデータを編集しようとした場合、ユーザ固有の領域にリダイレクトする機能がついているのだけど、これがまた別の問題を引き起こす可能性がある。

設定でUACを切ることもできるが、そこまでしなくても、基本的には、アプリを実行するときにマウス右クリックで開くメニューから「管理者として実行...」を選んで実行すれば、従来通りのフリーアクセスが可能になる。問題が発生したアプリとその対応方法を以下にまとめておく(ついでにUAC以外の問題に起因するものも挙げておく)。

  • エディタxyzzyを"C:\Program Files\xyzzy"に配置していたのだが、xyzzy終了時に"C:\Program Files\xyzzy\usr\wxp.xyzzy.history"が既に存在しているというようなことをいわれて、開いたファイルの履歴などが保存されなくなる→当初「"C:\Program Files\xyzzy\usr\wxp.xyzzy.history"を削除」することで対応したが、むしろVista対応アプリとしては、フォルダ「%APPDATA%\xyzzy」を作成して、xyzzyの起動引数に「-config "%APPDATA%\xyzzy"」とつけるか 環境変数XYZZYCONFIGPATHを指定する方が正しいような気がする。
  • PostgreSQLのインストーラが正しくユーザやDBを作成できない→インストーラーがmsiファイルなので、直接「管理者権限で実行する」の方法がつかえないが、代わりにコマンドプロンプトを管理者権限で実行し、そこからmsiファイルを実行
  • アーカイブソフト+Lhacaで拡張子の登録ができない→拡張子を登録するときに限って「管理者として実行...」すればOK。だが、結局これを機会にLhaplusに移行することにした。
  • DDwinでハードディスク上の辞書の検索ができなくなった→ UACとは別の問題かもしれないが、結局こちらもEBWinというソフトに乗り換えた。外字をUnicodeの領域にマッピングしてくれるので、ラテン文字もコピー&ペーストすることができる。
  • JavaアプリをWindowsのサービスとして実行するためのソフトJava ServiceはVista, J2SDK6という組み合わせだとサービスが起動しない→Java Service Wrapperに移行

という感じで、これ以外にも動作がおかしくなるソフトがたくさんありそうだ。

もうひとつ、Vistaでは従来のスタンドバイモード(電力供給を最小限にしながら電源は切らないモード)と休止モード(メモリーの状態をHDDに退避して電源を落とし、復帰時には退避したメモリーを復元する)をあわせたようなスリープモードというのが提供されている。基本的にはスタンドバイモードだが、あわせてメモリーの退避も行うので途中で電源が落ちても安心というモードだ。Microsoftはかなり自信があるのかシャットダウンに代わって標準の終了モードになっている。ぼくのPC Shuttle X100は一応Vista対応がうたわれているのだが、なぜかスリープから正常に復帰してくれない。ファンやディスクは動き始めるのだが、画面はくらいままだし、USBのデバイスも通電しなかった。紆余曲折の末、A Windows Vista-based computer that uses a Mobile Intel 945GM Express Chipset may occasionally not wake from sleepというページにたどりついた。intelのドライバなら平気だと書いてある。そこで、 INF アップデート・ユーティリティーをダウンロードしてインストールしたところ、無事スリープから復帰できるようになった。

問題を解決するためにネットでいろいろ検索してみた印象だが、Vistaの盛り上がりはいまいちのようだ。もはやアプリケーションプラットフォームとしてのOSの時代は終わり、通信のための基盤さえあればよくて、そういう意味でスペイン語のお別れの言葉"Hasta la Vista"がふさわしいOSなのかもしれない。

開いた窓

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電車の窓が開いていた。

季節は1月後半の真冬、時刻は夜9時前後、窓から吹き込んでくる風は決して心地よいものではなかった。誰かが悪意または愚かさのために開けたのか、あるいは何かの必要に迫られたのだろうか。今はもう、悪意も愚かさも必要もなく、ただ開いた窓だけが残されている。

閉めようとするものは車内にだれもいなかった。みな、変えられない運命のようにそれを静かに受け入れ、コートのえりをかきあわせていた。

「これこそ日本の社会だ。」ぼくは、そう自嘲するだけで、窓を閉めようとしなかった。車内の誰もがそうだったのかもしれない。これこそ日本の社会だ。

水からの中毒

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なんでも、アメリカで「水の大飲み大会」に出場した女性が亡くなったらしい。醤油を飲んで死ぬという話はきいたことあるが、たとえ水でも飲み過ぎれば死んでしまうようだ。水中毒といってナトリウム濃度が低下するのがよくないようだが、ということはアイソトニック系飲料なら平気だったのだろうか。不謹慎ながら、来年からは各ビバレッジメーカーでチームを作って、どのアイソトニック系飲料が一番たくさん飲めるかを競い合う大会に趣旨替えしたらどうか、などと考えてしまう。

話は変わるが、そもそもどんな食べ物にも多かれ少なかれ毒となる成分が含まれているのかもしれない。それらは生きていくのに欠くことのできない栄養素を補給してくれるものの、同時に少しずつ摂取したものの身体をむしばんでいくのだ。食べ物というのはほとんどの場合、植物、動物等の生き物の死骸から構成されている。そうであれば、自分の仲間が食べられる確率を少しでも減らすため、捕食者の身体にダメージを与える成分を保持しておくというのは、進化の流れに沿った戦略だろう。自然が身体にいいというのは迷信で、人間の手が入っていなければいないものほど、危険度は高い。

ちょっと宗教的に考えるなら、生き物の命を奪って、それを自分の身体に取り入れるごとにカルマのようなものがたまっていくのかもしれない。そのカルマの蓄積で、捕食者は老いて、やがて死んでゆく。そんな因果応報。

話をもとにもどすと、水は無機物なので、カルマなんてものがあったとしても無関係のはずだ。だが、世の中には「「水に『ありがとう』などの『よい言葉』を見せると、きれいな結晶ができて、『ばかやろう』などの『わるい言葉』を見せると、きたない結晶ができる」なんていうことを信じている人たちもいる。『よい言葉』を見せた水と『わるい言葉』を見せた水で、どちらが水中毒になりやすいかは実験してないのだろうか。