演劇ノート: 2008年アーカイブ

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作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/世田谷パブリックシアター/S席8500円/2008-12-27 19:00/★★★

出演:余貴美子、高橋ひとみ、萩原聖人、岩佐真悠子、柄本佑、金井勇太、赤堀雅秋、村上大樹、三上真史、植木夏十、山西惇、渡辺いっけい、高橋克実

今年32本目にして最後の芝居。年間の新記録更新だ。年頭はスロースタートだったのでまさかこんなにたくさん観ることになるとは思ってもみなかった。

二組の中年夫婦が繰り広げる、洒脱でハートウォーミングなウッディ・アレン調のコメディ。高校時代仲良しだったニチカとミラは混雑するケーキ屋で30年ぶりに再会する。ニチカは大人のおもちゃ製造会社社長夫人にして翻訳家、ミラは写真家の妻でカウンセリング通い、と別々の道を歩んでいる二人だが、それぞれ家庭生活に火種をかかえていた......。

一昔前のケラリーノ・サンドロヴィッチは大傑作の合間に凡作が入るという感じだったが、このところは脂がのっているというか、コンスタントにマスターピースをうみだしている感じだ。定番のウェルメイドなフォーマットを採用しながら、そこに独自のナンセンスな笑いとちょっとずれた世界観をまぜこむスタイルがすっかり定着した。この作品も例外じゃない。全体的なまとまりの良さと引き替えに、最近の作品でちょっぴり物足りないのは、脳天まで突き抜けるようなはちゃめちゃな笑いと、鳥肌がたつようなすごみが影をひそめていることだけど、今回、ミラの語る海岸の夢のシーンは脳天まで突き抜けて鳥肌が立った。あれをストーリーの中核をになう場面ではなく、隠し味的に使うのは、ほんとうに円熟の技だ。

総じて、今年最後の芝居にふさわしい舞台だった。

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作:岡田利規、演出:竹中直人/本多劇場/指定席6800円/2008-12-13 19:00/★★

出演:竹中直人、中嶋朋子、佐藤直子、井口昇、矢沢幸治、荻野目慶子

ぼくが演劇をみにいくようになったきっかけをつくってくれたのは竹中直人と岩松了という二人の存在で、この二人がタッグを組んでいた数年前まで、二年に一回年末に上演される「竹中直人の会」をとても楽しみにしていた。

二人が袂を分かってから、竹中直人は独自に「竹中直人の匙かげん」と銘打って、二年に一回の公演を続けたが、2004年の『唐辛子なあいつはダンプカー!』はテレビバラエティーの延長みたいな乗りについていけず、前回2006年の公演はテレビの放送作家の人が脚本ということもあり、パスさせてもらった。その間も岩松了作品はコンスタントに見続けていた。

さて、岩松了と竹中直人の二人の公演が2008年年末の同時期に催されているわけだが、ぼくは今回岩松了をパスして、竹中直人を選んだ。というのは、岩松了の方は一青窈をフィーチャーした音楽劇ということで、音楽の趣味が合わなくて楽しめないだろうと思ったことと、竹中直人の方の脚本がチェルフィッチュ主宰の岡田利規だったからだ。

岡田利規というと、きわめて日常的な内容を一見同じように日常的な語り口で語りながら、奇妙なダンスのような身振りが加わって、ふと表面的な言葉の裏側に深淵がのぞけてしまうような作風なんだけど、今回は竹中直人の要望があったのか、とても岩松了的な作品だった。

三人姉妹が、三女夫婦の別荘で久しぶりに再会する。『三人の女』と題されているが男も三人だ。何かにいらだち続けている三女の夫、次女の元夫にして現恋人、そして謎の同居人。岩松了的な、あり得ない場所から自分たちを俯瞰する、ねじれたセリフが飛び交う。

岩松了は比喩的にそのねじれを表現しようとするけど、岡田利規は直接的にそれを言葉にする。それは難解というか血肉ある人間が口にするにはどこか不自然さを含んでしまうものだけど、その饒舌に超絶技巧のピアノ曲をきいているような快感を感じる。中嶋朋子はほとんど不自然さを感じさせずにセリフを口にしていて、さすがと思わせたが、相手を務める謎の同居人役の井口昇にはかなり荷が重かったかもしれない。滑舌よくセリフをいうだけでなく、不自然さを感じさせずにこの役をできる俳優は、なかなかいないと思う。もしそういう俳優が演じたら、この作品は大傑作になっていたかもしれない。

竹中直人の演出は、かなり的確で、今後に期待がもてた。岩松了と違って音楽の趣味もいい。ちょっと物足りなさが残る舞台だっただけに、二年後といわず、(映画でもいいから)もっと早く次の作品がみたい。

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作・演出:池田鉄洋/下北沢駅前劇場/指定席3900円/2008-11-29 19:00/★★

出演:佐藤真弓、岩本靖輝、池田鉄洋、村上航、菅原永二、いけだしん、佐藤貴史、伊藤明賢

各コントのおもしろさに評価をつけるとすると、オープニング○、アメリカ学園もの△、モーターショー△、バットマン○、モンドセレクション◎、貧乏神○、ゴキブリ○、白須△、歌舞伎△、垢なめ○、チラリン高校○、という感じだろうか。

とにかくモンドセレクションがおもしろかった。森永乳業の担当者がアロエヨーグルトを携えて、ベルギーの貴族モンド氏をたずねる。そう、彼こそは名高いモンドセレクションの審査をする人だったのだ......。

表現・さわやかは今回が第5回公演、第3回の奇跡的なおもしろさには及ばなかったけど、前回よりはよほど楽しませてもらった。来年は2回やるそうなので期待。

innerchild『i/c』

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作・演出:小手伸也/吉祥寺シアター/指定席3500円/2008-11-23 19:00/★★★

出演:小手伸也、菊岡理紗、石川カナエ、佐藤誓、成清正紀、森岡弘一郎、新井友香、二村愛、井俣太良、狩野和馬、小暮絹誉、中谷千絵、初谷至彦、松崎映子、大沼優記、北川義彦、熊本昭博、木場允視、草風なな、久保田綾子、坂本文子、松尾恵、和田真希子

innerchild はぼくが定期的に観にいっている劇団の中では一風毛色がちがっていて、ひねくれたぼくとは真逆の、ストレートでわかりやすい表現のウェルメイド系に含まれると思う。それでも欠かさず観てるのは、古今東西のさまざまな物語を背景にストーリーがとても巧みに構成されていることと、そこにしっかり深みのあるメッセージが含まれているからだ。

女手一つで育ててくれた中国出身の母親が他界してから、中年サラリーマンの翼は子供の頃からの鳥恐怖症が悪化して悪夢に悩まされるようになった。それが高じて妻や息子の間もぎくしゃくしてくる。彼が生まれる前に失踪した報道写真家の父親が残したという写真を手がかりに、父親と母親が日本にたどり着くまでの道のりを逆にたどることで、彼は自らの誕生の根源に迫り、息子に語るための真実を得ようとする。香港、コルカタ、カトマンズ。さまざまな人々に助けられて、彼はとうとうすべてのはじまりの土地、チベットにたどり着く......。

できるだけ主人公の視点から物語を語ろうとしたことで、いたずらに複雑になることなく、いい意味でとてもわかりやすい舞台になったのではないだろうか。以前から役者が若干力不足なのが欠点だと思っていたが、今回は、外部からベテランの役者を配することで、かなりパワーアップしているように感じた。

転生というオカルト的な題材を扱っているんだけど、得てして、そういうのは内向的で陳腐なメッセージを唾みたいにはき出すだけで終わってしまうところを、ちゃんと、魂というのは一人の人から多数の人にふれあいの中で伝わっていくものだというように転生の意味を組み替えたり、国というのは親じゃなく、これから自分たちで育てていかなくてはいけない子供なんだ、といったりしていて、けっこう心だけじゃなく頭にも響いてきた。そのあたりにちょうどぼくの琴線があるのだ。

『友達』

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作:安部公房、演出:岡田利規/シアタートラム/指定席4500円/2008-11-22 19:00/★★

出演:小林十市、麿赤兒、若松武史、木野花、今井朋彦、剱持たまき、加藤啓、ともさと衣、柄本時生、呉キリコ、塩田倫、泉陽二、麻生絵里子、有山尚宏

夜。一人暮らしの男がノックの音に応えると、9人家族の一団(祖父、父母、三人息子、三人娘)が部屋の中に入り込んできた。彼らは孤独な彼を助けるためにここにきたという。最初は警察に連絡したり抵抗する彼だが、少しずつ妥協を重ね、彼らの支配下に入ってゆく。やがて恋人を失い、自由を失い、そして命さえ......。

謎の家族と男の勝負を分けたのは、「言葉」だ。家族たちが誰にきかれても男を助けるという明確に自分たちの目的(もちろんそれは嘘で彼らは単なる寄生人間なのだけど)をはっきり言葉にできたけど、男は恋人に対しても誰に対しても自分のおかれている立場をうまく説明できなかった。しかも彼は彼らの言葉に逐一反応する中で、自分では取引と思い込んで、一方的な妥協を重ねてしまっていた。たぶん、彼は彼らの言葉を徹底的に無視すべきだったのだ。

終盤、あなたが反抗さえしなかったらわたしたちは単なる世間にすぎなかった、家族の次女がいうように、この家族は日本社会の実質的独裁者であるところの世間様のメタファーのような気がする。その世間が家族という形をとってあらわれるところが意味深だ。個人の自立は「家族」によって徹底的に妨害されるということなのだろうか。アメリカでヴォネガットが "lonesome no more"といって拡大家族という仕組みを提唱した10年前に、日本で安部公房がその拡大家族的なものによる悪夢を描いていたわけだ。

ほかの安部公房の小説もそういうところがあるけど、この戯曲は、シチュエーション設定だけが突飛で、あとはそのラインにそって直線的に話が進んで起伏に乏しいかった。それでちょっと後半退屈してしまった。

岡田利規の演出だが、今回はチェルフィッチュ的なくりかえされる身体の動きはあまりでてこなかったが、観客に語りかけるスタイルは採用されていた。そういう演出上の工夫や役者の力はかなりよくて、戯曲の一本調子さをカバーしていたと思う。特に、父親役の若松武史さんはとにかく自由で、こんな自由でいいのかというくらいのたがのはずれかたで楽しませてもらった。これが演出だったらすごい。

作・演出:前田司郎/アトリエヘリコプター/自由席1500円/2008-11-15 19:30/★★★

出演:安藤聖、黒田大輔、後藤飛鳥、前田司郎

前田司郎の作品は三作目。最初に観たのが『生きてるものはいないのか』だったので、ちょっとミスリーディングさせられてしまったような気がするが、ようやく前田司郎の描く世界がわかったような気がする。人間の生と死のあわいの暗がりからうまれる不条理と笑い。ぼくのストライクゾーンのど真ん中だった。

長女、長男、次男の三人姉弟と次男の妻。彼らの父親(あるいは犬らしいがよくわからないペットのタロウのどちらか)が亡くなったので、遺体を埋葬するため4人で旅をする。車窓からみえる巨大な観音像の怒りを買ったり、子宝が授かるという神社の這うのがやっとの洞窟を通り抜けたりしながら、彼らは目的地の海へと向かってゆく。

The Shampoo Hat から客演の黒田大輔が大活躍だった。けっこう、この役は役者冥利に尽きるんじゃないだろうか。そのほか小道具の4脚の椅子たちがときには列車の座席になったり洞窟の通路になったりと変幻自在ぶりをみせてくれた。芝居に豪華な舞台装置は不要で想像力だけがあればいいということをあらためて教えてくれた。

『幸せ最高ありがとうマジで!』

作、演出:本谷有希子/PARCO劇場/指定席7000円/2008-11-01 19:00/★★

出演:永作博美、近藤公園、前田亜季、吉本菜穂子、広岡由里子、梶原善

場末にある家族経営の新聞配達店。開演後しばらく無言で配達前の準備をする人々が描かれる中に、永作博美演じるエキセントリックな女(最後まで指名が明らかにならないので以下永作博美演じる女と呼ぶ)が、わたしはここの店主の愛人で7年間不倫してましたと乗り込んでくる。実はそれは真っ赤な嘘で、明るい人格障害を自称する彼女が、誕生日の記念に無差別に家族崩壊をしてやろうと企てたことだったのだ。とはいえ、その家の人々は幸せとはほど遠い。家計は火の車だし、夫はずっと以前から従業員と不倫しているし、再婚したばかりの妻は人間不信で表面的にものわかりのいい妻を演じている。息子は学歴も友達も彼女もなく鬱屈していて、妻の連れ子である義妹にほのかな恋心を抱いている。不倫相手の従業員は典型的なメンヘルでリストカッターだ。

永作博美演じる女は破壊の神シヴァのようでそのパワーにひきつけられた。今回は新聞店の家族を丹念に描いていて、それはリアリティーを高めるにはとてもよかったと思うのだけど、もっと永作博美演じる女に重点をおいたほうがおもしろかったような気がする。

永作博美演じる女の行動は確かに不条理だが、一点のスキもなく自分が幸福だといっていて、だからこそ、何の理由もなく突然ふりかかってくる不幸というものにおびえていて、逆に自分がランダムに不幸をもたらす存在になることによりその恐怖から逃れようとしていると考えれば、そのあまりに破壊的な行動の理由がわかるような気もした。

ナイロン100℃『シャープさんフラットさん』

作、演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/本多劇場/指定席6800円/2008-10-19 19:00/★★★

出演:三宅弘城、松永玲子、村岡希美、廣川三憲、新谷真弓、安澤千草、藤田秀世、吉増裕士、皆戸麻衣、杉山薫、眼鏡太郎、大倉孝二、佐藤江梨子、清水宏、六角慎司、河原雅彦

ナイロン100℃15周年記念の作品。その15年のうち10年をぼくが観客として共有しているということに驚いた。

さて劇団員全員を出演させてあげようという親心かどうかはわからないが、今回はキャストを2チームに分けたダブルキャスト公演で、どちらかといえばブラックチームの方が一般受けのするキャストだったし個人的にもみたい俳優は多かったのだが、へそ曲がりのぼくはあえてホワイトチームを選んだ。出演者だけでなく台本の細部や結末も違うらしい。

15周年ということで、ナイロン100℃やケラリーノ・サンドロヴィッチ(以降ケラさんと表記)の来歴を彷彿とさせるような、とある劇団の主催にして劇作家辻煙が主人公。90年代のバブル崩壊前夜、彼は世間の無理解に嫌気がさして、あるサナトリウムとは名ばかりの高級保養所にもぐりこみ、劇団や恋人から逃避している。サナトリウムで生活する人々、働く人々、訪れる人々のそれぞれの人生と、辻煙の脳裏に浮かぶはちゃめちゃな空想が交錯する。

そして、バブル崩壊とともにサナトリウムの閉鎖が近づき、逃避を続けてきた主人公が前向きに人生を歩む......という安易な結末を決して選ばないのがケラさんの面目躍如なところで、クライマックスは、「シャープさんとフラットさん」というこの作品の名前の由来が明らかになるところだ。それは劇団員の一人が小学生の時に書いた作文のタイトルで、そこでは、世間の感覚とは半音ずれたところにいるということの自覚というか、開き直りがうたいあげられている。

その半音のずれをあるがままに受けとめていこうという穏やかな決意が、たまたまめぐりあった理解者赤坂弥生ともりあがる最後のシーンにつながってゆく。それは世間とずれた自分の自己肯定では決してなく、ホワイトチームの方では(ブラックの方ではまたちがうらしい)、辻煙が、たまたま見てしまった痛ましい惨劇から目を背けて再び一時的な盛り上がりの中に逃げ込む姿を通して、むしろ自己批判としてつきつけられる。そういう意味で、ケラさんの個人的な葛藤がそのまま舞台の上にあげられたようにも感じられたのだった。

楽日だったので、ケラさんの挨拶を含め、ホワイト、ブラック総動員のカーテンコールがみられてよかった。ちなみにいつもよりネタバレが多めなのも楽日だったからだ。

地点『桜の園』

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地点『桜の園』

作:アントン・チェーホフ(神西清訳)、演出:三浦基/吉祥寺シアター/指定席(『三人姉妹』との)セット券6500円/2008-10-18 19:30/★★

出演:安部聡子、岩澤侑生子、谷弘恵、石田大、小林洋平、大庭祐介

先週に続いての地点のチェーホフ。先週の『三人姉妹』はもともとストーリーや登場人物を把握していたが、今回の『桜の園』に関しては戯曲を読んだことすらなくまったくの初見。というのも、『かもめ」と『ワーニャ伯父さん』の戯曲を先に読んでしまって舞台を楽しめなかった経験から、四大戯曲のうち残りの2つ『三人姉妹』と『桜の園』は事前知識や先入観なしにみようと心に決めていたからだ。『三人姉妹』は何年か前に望みを果たしたが、『桜の園』はなかなか機会がなくて、男の子の一番大切なものを守り通しているような感じになってきていたが、ようやくその日がやってきたわけだ。

さて、先週の『三人姉妹』はいわば前哨戦だったわけだが、その奇抜さに度肝を抜かれつつも楽しめたが、はたしてこれを『三人姉妹』をまったく知らない人がみてもおもしろく感じられるか疑問にも思った。今回の『桜の園』でその疑問の答えが間接的に得られるわけだ。

ラネーフスカヤをはじめとした地主家族が舞台中央に陣取って、みんなでずっと窓枠を掲げているというのだけでも十分奇妙だけど、全体的に『三人姉妹』に比べるとずいぶんと抑制のきいた演出だった。むこうには『三人姉妹』を知らなくても楽しめるギミックがいくつかちりばめられていたけど、こちらはほとんどないので、逆に『桜の園』童貞にはちょっとつらい舞台だったかもしれない。というのも、たぶん地点がやろうとしているのは『桜の園』をそのまま舞台に上げるというより、その批評を演劇化することじゃないかと思えて(そもそも変な抑揚とリズムのセリフはどうしてもその意味内容に対する批評になってしまう)、先週の『三人姉妹』がとてもよく理解できたのもそれが芯をついた批評だったからだと思う。やはり、批評を理解するには事前にその対象を知っておく必要があるようだ。

というわけで、事後になってしまうがちょっとこれから『桜の園』の戯曲を読んでみようと思う。

地点『三人姉妹』

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地点『三人姉妹』

作:アントン・チェーホフ(神西清訳)、演出:三浦基/吉祥寺シアター/指定席(『桜の園』との)セット券6500円/2008-10-11 19:30/★★★

出演:小林洋平、谷弘恵、安部聡子、窪田史恵、山村麻由美、砂尾連理、石田大、岡嶋秀昭、大庭祐介

地点をみるのは2度目、3年9ヶ月ぶりだ。前回見た直後に拠点を京都に移してしまったそうで、ぼくのアンテナからはずれてしまっていたが、けっこうビックになって東京に里帰りしてきた。しかも演目はチェーホフ、これは見ないわけにはいかない。

この前みたときには奇妙なリズム、イントネーション、強弱をつけて語られる一種音楽的なセリフ回しが印象的で、てっきり作品がそういう作品だからだと思っていたが、実はそれは地点という劇団の手法だったようで、今回のチェーホフでも全面的に採用されていた。

あと舞台装置もそれに負けず劣らずで奇抜で、白いドレスをまとったオーリガ、マーシャ、イリーナの三人姉妹は舞台中央の並べられた3つの奇妙な形の家具の上で座っていたり立っていたりで、ほぼそこから動かない。三姉妹の兄弟アンドレイはトイレの中でズボンをずりさげたまま便器に腰掛けている。

かなり面食らったが、不思議にこの『三人姉妹』という戯曲の構造や人物の性格を細部まではっきりと理解することができたのだった。三人姉妹の高慢さとそれに復讐するようにだんだん俗悪な本性をあらわしてゆくアンドレイの妻ナターシャ。ひきこもりで根っからの負け犬アンドレイ(通常の『三人姉妹』では一番存在感のない役だが今回は一番目立っていた)。マーシャの夫クルイギンの卑小さはドアを背負い鍵をじゃらじゃらさせることで表現される。マーシャと愛し合うヴェルシーニン中佐はとことん無力で哲学という言葉の世界に逃げ込んでいるだけの存在だ(でもその言葉は三姉妹の中に最後の希望としてむなしく残る)。イリーナに求婚したりするその他の軍人たちも同様で、そこにさらに凡庸さがつけくわわる。

原作に忠実に上演するとどうしてもセンチメンタリズムが前面に出てしまい、それによる人物への愛着が物語に対する理解を阻んでいたのかもしれない。今回はそういう要素をすべて排したおかげで、とても明晰に仕上がっていたのだろう。

終演後のポストパフォーマンストークに少し前まで身体をこわしておられた劇作家の宮沢章夫さんが登場した。元気な姿がみられて何よりだった。今までみてきたポストパフォーマンストークは儀礼的な会話で終わることが多かったけど、今回の演出を担当した三浦亜基さんと宮沢の応酬はお互いかなり深く突っ込んでいた。その場にいる人を少しでも楽しませようという、宮沢さんのサービス精神はほんとうにすごいと妙なところで感心した。

『THE DIVER』

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『THE DIVER』

作・演出:野田秀樹、共同脚本:Colin Teevan/シアタートラム/指定席6500円/2008-09-28 19:00/★★★

出演:Harry Gostelow、Kathryn Hunter、野田秀樹、Glyn Pritchard、(演奏:田中傳左右衛門、福原友裕)

ある現実に起きた事件を題材に、心神喪失状態の容疑者の女性が語る幻想という形で、能『海人』、『源氏物語』から夕顔、そして六条御息所と葵の上のエピソードを再現し、「非の打ちどころのない」男として描かれる光源氏からあえて焦点をずらして、女性の側からの悲劇として『源氏物語』を扱った作品だ。

全編ほとんど英語で、まったく役立たずのぼくの耳や寡黙な字幕では、最初こころもとなかったが、能の静の動きと、想像力と小道具を自由自在に駆使した野田秀樹独特の動きを組み合わせた演出はほんとうにすばらしくて、途中からは全然気にならなくなった。

あと、日本の古典音楽もかなりモダンでダイナミックでいいもんだなと、再認識させてもらった。

The Shampoo Hat『葡萄』

作・演出:赤堀雅秋/ザ・スズナリ/指定席3800円/2008-09-13 19:00/★

出演:野中隆光、池谷のぶえ、那須佐代子、日比大介、黒田大輔、吉牟田眞奈、梨木智香、いせゆみこ、長尾長幸、多門勝、赤堀雅秋

殺人を犯して服役していた男が15年ぶりに故郷の村に帰ってきて、幼なじみの夫婦が経営する旅館を訪ねる。女将は男のかつての恋人で、そこで育てられている中学生の息子は男と女将の間の子供だった......。

というシチュエーションから想像されるようなドラマチックな出来事は起きず、いつものように自堕落な時間が流れる。何かを手に入れたりよりよく生きようというという積極的な欲望を欠いた男。かといって絶望しているわけじゃない。最大の望みはがいいウンコをすることだったりするのだ。彼と、幼い頃からおばさんと呼ばれ続けてきた従業員の女性(と書けば誰が演じているのかはわかってしまうが)との触れあいがもう一つの軸だ。

今回の仕上がりはウェルメイド。それ自体全然悪いことじゃないんだけど、居心地の悪さを強調するような彼ら独特の演出だと、かすかにテイストがあわないような感じもするし、今回は、根源的なものに触れるのをやめて収まりのいいところで妥協したような、とってつけた感があって、リアリティーを感じられなかった。

おばさんを演じた池谷のぶえははじめてちょっとかわいいと思ったかもしれない。

サンプル『家族の肖像』

作・演出:松井周/アトリエヘリコプター/自由席2500円/2008-08-23 19:00/★★★

出演:羽場睦子、古舘寛治、成田亜佑美、岡部たかし、西田摩耶、古屋隆太、野津あおい、村上聡一、辻美奈子、木引優子、中川鳶、江原大介

芝居が始まる前に会場に度肝を抜かれた。舞台の周りの2メートルくらいの高さのところに通路があってそこがそのまま座席になっている。舞台を見下ろす形だ。鉄パイプが頭の高さのところにあって(ぼくは当然のように頭をぶつけた)、元は何のための施設だったのだろう。

現代日本の縮図のような、元教師現在パートの母親と暮らすひきこもりの40男、セックスレスの夫婦、スーパーで働く人々、そこで万引きをする娘、三角関係の男女、恋人とわかれたばかりのフランス語教師の女性、メード姿の謎の少女。入れ替わり立ち替わりあらわれる彼らを、目を細めるとモナリザの顔が見えるだまし絵みたいに、ひとつの家族としてなぞらえてみようという、ヴォネガットの夢みた拡大家族のような試みだ。

一見ばらばらのようだがどこかで彼らは互いに関係し合っている。その輪の一番外側にいるかに見えるひきこもりの男が、実は象徴的に彼らがひとつの家族であることを担保しているのだ。ラスト、自ら死を選ぼうとする彼が拾う誤配された手紙。そのおかしみになぜかほのかな希望を感じてしまった。

ひとつひとつの細部に愛しさが感じられるとてもいい芝居だったと思う。終演後のちょっと不器用なパフォーマンストーク、公開稽古を含めてとても楽しかった。

拙者ムニエル『悪い冗談のよし子』

作・演出:村上大樹/下北沢本多劇場/指定席4200円/2008-08-03 15:00/★

出演:山田まりや、加藤啓、杉崎真宏、千代田信一、小手伸也、伊藤修子、成田さほ子、山岸拓生、寺部智英、石川ユリコ、林家聖子、溜口佑太朗、小関里恵、村上大樹

妊娠のためMEGUMIが降板して、山田まりやが代役を務めるいわくつきの舞台。でもこれならどちらが演じても別に大差なかったんじゃないかと思う。

新進気鋭の芸術家間宮に、結婚式当日にドタキャンされて、復讐を誓うよし子。よし子は殺し屋養成の専門学校に通い、仲間のわる男たちを通じて、間宮に2年後に殺すと宣告する。間宮は余命2年のアーティストとしてネームバリューを高め、着々と成果を積み上げる。ところが、約束は果たされず、一転間宮は世間から嘘つき呼ばわりされる。逆によし子はつちのこの発見者としてセレブにのし上がる......。

と長々と書いてしまったが、ストーリーがどうこういう芝居じゃないので、それはどうでもいい。よし子を演じたのは山田まりやだけど、おそらく当初演じるはずだったMEGUMIが初舞台であることに配慮したためだろうか、あまり活躍する場面のない役だった。ある程度場数を踏んでいる山田まりやなら、もう少し出番を増やしてもよかっただろう。

まあ、そのあたりが原因ではないと思うけど、今回は笑いの切れ味が今ひとつの舞台だった。腹の底から笑える場面が少なくて、しかもそれが連鎖しなかった。

『SISTERS』

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『SISTERS』

作・演出:長塚圭史/PARCO劇場/指定席8400円/2008-08-02 19:00/★★★★

出演:松たか子、田中哲司、鈴木杏、吉田鋼太郎、中村まこと、梅沢昌代

結婚したばかりの夫婦馨、信助は、信助の従兄弟優治が経営するホテルを訪れる。優治が、東京でレストランのオーナーシェフをしている信助にレシピを教えてほしいといったためだ。一月前に優治の妻操子は謎の自殺を遂げて以来、ホテルには客が寄りつかなくなっていて、今やホテルには、操子の兄で児童文学作家の神城礼二とその娘美鳥、それに操子の死で精神に異常を来した従業員稔子がいるだけだった。

秘密を抱える神城父娘。その秘密に馨の過去のトラウマが共振する......。

題材としてはありがちな話だし、長塚圭史の露悪趣味が鼻についたりもしたけど、丁寧で力強いセリフと、それを発する役者たちの技量に圧倒された。特に、松たか子、すごい、すごすぎる。

『羊と兵隊』

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『羊と兵隊』

作・演出:岩松了/下北沢本多劇場/指定席6800円/2008-07-19 19:00/★★★

出演:中村獅童、田畑智子、辺見えみり、近藤公園、田島ゆみか、佐藤直子、高橋理恵子、永岡佑、阿部ユキ、岩松了

終わりの見えない戦争を遂行しているいつかどこかの国。舞台は軍に納める靴を製造して財をなした一家の住む邸宅。父、母、長男ルイ、長女ナナ、そして成人前の次女キキ。ただし邸の中で我が物顔にのさばっているのはほんもののルイではなかった。彼らはルイを納屋にかくまい、よく似た別の男を身代わりに出征させようとしているのだった。そんな中、ナナにエリート二世議員との結婚話がもちあがる。

舞台の上で語られるセリフがその外側の(虚構の)世界の広がりをどれだけ感じさせてくれるかということに関していうと、岩松了はほんとうにぴかいちだと思う。今回はとくに、身代わりの男がときおり見る道ばたのタイヤで遊ぶ子供の幻影や、チェーホフ『三人姉妹』をめぐる一連のやりとり、納屋を焼くというシチュエーションの村上春樹を経由しての不気味さ、などなど、この家族にせまる静かな崩壊の足音を聞き分けられたのだった。

ペンギンプルペイルパイルズ『審判員は来なかった』

作・演出:倉持裕/シアタートラム/指定席4300円/2008-07-12 19:00/★★

出演:小林高鹿、ぼくもとさきこ、玉置孝匡、近藤智行、吉川純広、安藤聖、片桐仁

独立したばかりの小国パリエロを舞台にしたスラプスティックコメディー。大統領官邸、富裕な農民一家、新たな国技を生み出すために集まった審判員と選手たち、パリエロの国教パリエロ正教の大聖堂という4つの場面を、順繰りに俳優たちが渡り歩き、それぞれ複数の役を演じている。

片桐仁の存在感はすごいし、要所要所のギャグも決まっていたし、笑いのなかにさりげなくまぎれこんだテーマ(ナショナリズム)も奥深い。でもなぜかぼくは、物足りなさを感じて、もっとよくできたのではないかと思ってしまった。理由を考えてみると、ひとつには俳優が複数の役を演じることで人物のリアリティが希薄になってしまったことと、もうひとつはメインストーリーとバックストーリーが同じ重みで描かれているので、ストーリーが散漫になってしまったということのような気がする。たぶん、農家と大聖堂はいらなかった。

青年団『眠れない夜なんてない』

作・演出:平田オリザ/吉祥寺シアター/指定席3500円/2008-07-05 18:00/★★★★

出演:志賀廣太郎、大崎由利子、渡辺香奈、堀夏子、篠塚祥司、辻美奈子、大塚洋、山村崇子、山内健司、松田弘子、天明留理子、足立誠、ひらたよーこ、大竹直、髙橋智子

マレーシアの高原にある日本人向けのリゾート施設。リタイアして移住してきた人々とその家族、休暇で短期滞在の人々たちの姿を「夢」というキーワードをからめて描いてゆく。

老いと死というそれはそれで主軸になりうるテーマも扱われているが、今回はそこに集った人々がそれぞれにかかえる日本という祖国に対するぬぐいきれない違和感がメインテーマだ。重大な病を宣告されながら日本に帰りたくないという父親、学校時代の同調圧力をいまだにトラウマとして抱えている中年女性、そしてマレーシアのほうが楽だという元引きこもりの若者。

確かに相対的には日本は豊かでとても暮らしやすい国であるのは間違いないのだが、その実質に比べて各種世論調査などをみると自己評価がとても低い。実際、自殺率もとても高いわけだ。それは気の持ちようとか、思い込みによるものではなく、実体として確かに存在する何かがもたらしているのは間違いのないことだと思う。それが何かということは舞台の上ではあげつらわれることはなく、たとえば花瓶のなかの枯れた花のように、ある種の寂しさとして提示されるだけだ。

けっこうぼくにはそれがぐっときたのだった。

『混じりあうこと、消えること』

作:前田司郎、演出:白井晃/新国立劇場小劇場/A席5250円/2008-06-28 18:00/★★★

出演:國村隼、橋爪遼、南果歩、初音映莉子

夜の児童公園に葬式帰りの男がやってくる。ベンチに座って黒ネクタイをゆるめていると、奇妙な形の遊具の中から、少年、続いて女性があらわれる。見知った女性だ。男は彼女に「カナ」と呼びかける。さらにピラニアから人間になりかけているというロープでつながれた少女が登場し、女は二人は彼と自分の間の子供だという。こうして彼らのぎこちないつかの間の家族生活がはじまる。

別役実風のおかしくて笑える不条理劇のようなテーストをまじえながら、彼らの神話的な関係が物語られる。そこは心の痛みからの逃避が生み出した場所だったのだ。やがて、彼らはそこから現実世界に戻ることを選択する。

國村隼と南果歩の存在感がすばらしかった。

劇団♪♪ダンダンブエノ七味公演『ハイ!ミラクルズ』

作:福原充則、演出:近藤芳正/青山円形劇場/指定席6000円/2008-06-21 19:00/★★★

出演:南野陽子、光石研、前田健、峯村リエ、酒井敏也、山西惇、近藤芳正

新聞配達の傍ら、街の安全を守る男たち、パン工場の夜勤で働く女性たち、中年ワーキングプアたちのおりなすミュージカルコメディー(南野陽子の歌が聞ける!)。笑いはかなりつぼだったが、全体的にもうちょっとブラックでラディカルにした方が、テーマが生きたし、深みが出せたのではないかと思う。

ネタバレだが、ラスト、おつかれ様という神様的な存在にお願いして世の中の不幸と幸福をあべこべにしてもらう。それでも彼らに何の変化もないのは、実は彼らがそれほど不幸じゃなくてそこそこだからという落ちなのだが、微温的で何の救いもない落ちだなと思った。ある意味ハリウッド映画的な落ちともいえるけど、これを変えるだけでも、ただおもしろい芝居から記憶に残る芝居になったような気がするので、惜しい。

THE SHAMPOO HAT『立川ドライブ』

作・演出:赤堀雅秋/シアタートラム/指定席3800円/2008-05-31 19:00/★★

出演:坂井真紀、赤堀雅秋、野中隆光、萩原利映、多門勝、児玉貴志、滝沢恵、黒田大輔、梨木智香、吉牟田眞奈、長尾長幸、日比大介

警官と女が胸を血だらけにして倒れている場面からはじまり、約半年前にさかのぼってその場面に向けての軌跡が淡々と綴られてゆく。間違いなく、2007年の夏に実際に起きた、警官が知人の女性を殺害して直後に自殺した事件に取材していて、舞台となっている地域、警官や女性の年齢まで一致している。

悲劇ではなく喜劇なので、事件の裏に隠された人間的本質なんてものは見えない代わりにかなり笑える。破滅にいたる道筋は意外性はなくて、人物の関係性もありがちな構図ではあるんだけど、犯人の警官や被害者の女性のきわめて平板なリアリティが描き出せていたとは思う。

M&O Plays プロデュース『まどろみ』

作・演出:倉持裕/あうるすぽっと/指定席5500円/2008-05-17 19:00/★★★★

出演:ともさかりえ、近藤公園、村岡希美、玉置孝匡、六角精児

恋人とつみとともに、父親の遺産で何不自由なく暮らす零児。最近は叔父秀平が遺産目当てで転がり込んできている。零児の抱える問題は不眠症。もう何年も一睡もできていないのだ。

そんな中、半年前零児と一夜をともにしたという女性芽里子が家に訪ねてくる。とつみを交えて話し合いをもつ零児だが、彼は唐突に以前見かけた自分にうり二つの男の話をはじめ、芽里子が出会ったのはその男ではないかという。そこに、さらにもう一人来客がやってくる。日達という男性だ。彼はゲイであり、零児が自分の前から姿を消した恋人一輝だという。

という導入部のミステリーとサスペンスが最後まで持続するすばらしい舞台だった。時系列がシャッフルされていたり、登場人物の想像・妄想のシーンと現実のシーンの区別が曖昧だったりして、難解といえば難解だが、本質的に残る不条理はたぶんひとつだけで、そのバランスが絶妙だった。

近藤公園が実は男前だったというのが新たな発見。

猫のホテル『けんか哀歌』

作・演出:千葉雅子/下北沢本多劇場/指定席4600円/2008-05-04 19:00/★★★

出演:中村まこと、森田ガンツ、市川しんぺー、佐藤真弓、池田鉄洋、村上航、いけだしん、岩本靖輝、菅原永二、前田悟

劇団昭和とかに改名してもいいんじゃないかと思うくらい昭和にこだわり続けている猫のホテルだが、今回は戦後間もないアメリカ占領時代の日本映画界が舞台。検閲による制約の中映画を撮り続ける男たち。左右から押し寄せる政治の波の中で、彼らは否応なしに労働争議に巻き込まれてゆく。団結そして裏切り......。

ほぼ一年ぶりの本公演にして二年ぶりの新作。まさに満を持したという感じで、今回は傑作だ。いつもながら、笑いは別としてストーリーそのものには新奇性はなく紋切り型なのだけど、シリアスな場面と笑いのコンビネーションがひたすらうまいのだ。次の本公演が来年の夏というのがとても残念。

シティボーイズミックス『オペレッタ ロータスとピエーレ』

作・演出:細川徹/天王洲銀河劇場/S席6700円/2008-05-03 19:00/★★

出演:大竹まこと、きたろう、斉木しげる、中村有志、ピエール瀧

オペレッタが最初のコントだけで終わってくれたのはいいニュースだった。

そのあとに流れたページを破っていくイメージで出演者を紹介するオープニングムービーはとてもしゃれていてすばらしかった。

いつもコントは玉石混合ではあるんだけど今回は若干石の比率が高かった。俗っぽい笑いが多かったし、真骨頂であるシュールな笑いもこれまでにやってきたシュールさをなぞっているような気がした。終演後の出演者挨拶の方がおもしろかったかもしれない。

とはいえ、シティボーイズの三人が間近で見られるだけで十分満足だ。

月影番外地『物語が、始まる』

原作:川上弘美、作:千葉雅子、演出:木野花/赤坂RED/THEATER/指定席5000円/2008-04-26 18:00/★★★

出演:高田聖子、加藤啓、辻修

「雛形」というのは人間そっくりの原始的なアンドロイドのようなもの。平凡なOL山田ゆき子はある日捨てられていた雛形を拾い、世話をすると、だんだん人間の男に成長してゆく。変わってゆく恋人本城との関係・・・・・・。

川上弘美の摩訶不思議で切ない傑作小説をどう料理するのかなと思っていたら、セリフまで忠実に再現して原作にぴったり寄り添いながら、演劇の空間のなかにしっかりと再構成していた。音響や光の効果がすばらしかった。高田聖子さんもふだんがらっぱちな役が多いけど、当然といえば当然、こういう抑制した演技もできるんだな。

いいものをみさせてもらった。

『どん底』

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『どん底』

原作:マクシム・ゴーリキー、脚色・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/シアターコクーン/S席9000円/2008-04-12 19:00/★★★

出演:段田安則、江口洋介、荻野目慶子、緒川たまき、大森博史、大鷹明良、マギー、皆川猿時、三上市朗、松永玲子、池谷のぶえ、黒田大輔、富川一人、あさひ7オユキ、大河内浩、犬山イヌコ、若松武史、山崎一

社会の最底辺の人々が暮らす下宿宿。その日暮らしの職人たち、アルコール依存症の元俳優、いかさま博打打ち、恋愛小説の中に逃避している娼婦、元男爵を自称するヒモ、泥棒。因業な大家と妻、そして虐待される妹。ある日客としてやってきた不思議な老人。日ごとくりかえされる喜劇とときおり波のように押し寄せる悲劇。

「どん底」とはいうけどみんな酒を飲んだり軽口を言い合ったりしてそれなりに楽しそうで、むしろほんとうの「底」つまり死の手前の最後のセーフティーネット的な場所だ。とはいうものの、そこから這い上がることはとても難しくて、出て行く道は実質上死ぬか警察につかまるかくらいしかない。だからこそ笑うしかないんだろう。笑いの部分はたぶんケラリーノ・サンドロヴィッチによる完全なオリジナルで、いいテンポ感をだしていた。

満ちあふれる笑いとうらはらに、舞台の上にはまったく救いは用意されていないのだけど、でも救いなんてなくても人生は続く。そういうものだ。

innerchild『(紙の上の)ユグドラシル』

作・演出:小手伸也/青山円形劇場/指定席3500円/2008-04-05 19:00/★★★

出演:小手伸也、菊岡理紗、土屋雄、三宅法仁、石川カナエ、初谷至彦、中山智香子、津留崎夏子、仲村梓、敷間優一、松本華奈、大内厚雄、武智健二、進藤健太郎、井俣太良、小田篤史、響子、稲川香織、久保寺淳子、石村みか、宍倉靖二

一本の巨木を軸にして、異なる時代の人々、神々の物語が並行して語られる。

まずは現代日本、秋田県九日町に住む坂上家の物語。彼らは代々その巨木を守るような役目を負っている(と本人たちは思っている)。その巨木のもとでセラピーを行う精神科医の父親坂上八馬、その樹と父親に反発して東京に出て行く息子樹(たつる)、それに彼らの前に現れる謎の女性樹(いつき)。

彼らの因縁は坂上田村麻呂の奥州遠征の際、むごたらしい最期をとげた異民族蝦夷たちにさかのぼる。坂上家は坂上田村麻呂の子孫で、その樹は彼らの神木だったのだ。

そしてもうひとつは北欧神話。その巨木はこの世界を支える世界樹ユグドラシルであり、登場人物たちはそれぞれ神話の神々や巨人としての役割や性格を象徴的に負っている。

テーマは木と人間の関わり。木は感情をもたない。感情は人間の側が一方的に付与するものなのだ。その間で繰り広げられる崩壊と再生。

この作品に限ったことではないけど、小手伸也のつむぐストーリーはさまざまな神話、物語、学術書から抽出したエッセンスを有機的につなぎあわせたとても複雑なものだ。メッセージも一筋縄ではいかない深みをもっている。一方、情感や演出はむしろストレートでシンプルだ。これはある意味ミスマッチかもしれない。つまり複雑なストーリーに慣れた、すれている人たちには、ストレートな情感がものたりなくて、ストレートな情感を好む人たちには複雑なストーリーは情感を阻害するものに思えてしまうからだ。今回も途中まではそういう不整合を感じたが、終盤はかなりひきこまれた。ラストの人で樹を組み上げるシーンはほんとうに見事だった。ただ、頂上にいる樹(いつき)役の石村みかさんの表情がぼくの席から見えなかったのが残念だった。

『東京』

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『東京』

作・演出:赤堀雅秋/赤坂RED/THEATER/指定席4200円/2008-03-22 18:00/★★

出演:いせゆみこ、井筒大介、井端珠里、海老原礼子、粕谷吉洋、木村悟、小林愛、佐藤幾優、佐藤晴彦、清水優、新田めぐみ、野本光一郎、松永裕子、ゆかわたかし、吉牟田眞奈

24歳になっていまだに田舎の海辺の廃屋でつるんでいるかつての高校の同級生たち。その中の3人がそれぞれの夢を追いかけて東京に出て行く。彼らの東京での出会いと挫折、そして残された人々、というような青春群像劇だ。

(野球は全然関係ない芝居だが)あえて野球にたとえると、赤堀雅秋という人は常にストレートで勝負してくるピッチャーだと思う。ストレートのはずなのになぜかホームベース近くで魔球のように変化するのがいいのだ。ただ今回は、その変化が感じられず真ん中高めに真っ正直に入ってしまった感じ。語り手の古川の物語をたどるなら、同級生のキスシーンをみてひきこもりになったのは、つまりワイルドに生きることに対する徹底的な嫌悪感のせいだと思うのだが、結局東京で自らワイルドになってひきこもりが癒されるということで、筋は通っているものの、それは成長というより、なれあいのように思えてしまった。

チェルフィッチュ『フリータイム』

作・演出:岡田利規/スーパー・デラックス/自由席3500円/2008-03-08 18:30/★★★

出演:山縣太一、山崎ルキノ、下西啓正、足立智充、安藤真理、伊藤沙保

駅のすぐそばのファミレスが舞台(椅子とテーブルの床から50cm以上だけ再現した斬新な舞台美術)。

もっとも主要な登場人物は、そのファミレスに毎朝客として訪れ、ドリンクなんでも1杯160円のメニューを注文する女性(いつもの岡田利規作品と同じで、複数の俳優によって、本人のモノローグと、他者による再現、想像がシームレスに混じり合った形で演じられる)。彼女はそこで日記を書きながら(ときにはただノートをペンでぐるぐる塗りつぶしたりしながら)かっきり30分の「フリータイム」を過ごしてから出勤する。いつかそれを1時間や1時間半に延長して、会社を遅刻してみようかと、彼女は考えているのかもしれない(とまわりの人たちは想像する)。そうすればよりフリーになれるんじゃないかと。だが、実際彼女にはそんなことをする必要はなくて、それはかつてその30分の間に永遠を経験したことがあったからだ。

この30分という時間設定がとてもリアルで、ぼくの経験でも、永遠に一番近い時間は30分だと思う。

特に前半テンションが低いまま進行するので、(ぼくの体調のせいが大きいが)不覚にもまどろみ状態に陥りそうになった。だが15分の休憩(上演時間的には休憩は全然不要にもかかわらず)のおかげで盛り返し、後半のクライマックスについてゆくことができた。あと、こちらが慣れてきたせいかもしれないが、今回は俳優の動きが比較的おとなしめで、いつものように話している台詞を裏切ろうとするのではなく、逆に協調しているような感じがした。

スティーヴ・ライヒみたいでミニマルなサンガツの音楽もよかった。

『春琴』

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『春琴』

演出・構成:サイモン・マクバーニー/世田ヶ谷パブリックシアター/S席7000円/2008-03-04 19:00/★★★

出演:深津絵里、チョウソンハ、ヨシ笈田、立石涼子、宮本裕子、麻生花帆、望月康代、瑞木健太郎、高田恵篤、本條秀太郎(三味線)

サイモン・マクバーニーの創意工夫に富んだ斬新な演出はもちろんすばらしい。だがそれ以上に素晴らしいのが谷崎潤一郎のテキストだった。読んだことないのであれだが、ほとんど寄り添うくらい原作の『春琴抄』に忠実だったようだ。原作は谷崎の分身らしき語り手が春琴と佐助の美しい(としかいいようがない)情愛の世界を物語るというスタイルをとっているが、その語り手の存在を含めて再現している。

舞台では、さらにそれをラジオドラマとして語るナレーターが登場して、ときおりはさみこまれる『陰影礼賛』からの引用などもあって、この物語をひとつの「おはなし」として相対化しつつ文化論として落とし込もうというような意図を感じてしまったりもするが、二人きりの閉鎖した息苦しい世界を演劇として成立させるためには物語の外部の存在が必要だったのだろう。

話を最初に戻すと、サイモン・マクバーニーの演出は刺激的だ。春琴役は、一応深津絵里なのだが、少女期は文楽人形、少し長じてからは、宮本裕子が人形のふりをして演じていて、深津絵里は声と人形の操作(のようなこと)をしている。深津絵里が顔を出して春琴を演じるのはほんとうに短い間だけど、短いからこそ印象的だったりする。佐助の方は三世代の役者が順番に演じるが、最年長の佐助であるヨシ笈田は常に舞台にいる。彼もまた語り手の一人なのだ(実質主演は彼だった)。

『恋する妊婦』

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『恋する妊婦』

作・演出:岩松了/シアターコクーン/A席7500円/2008-02-16 19:00/★★★

出演:小泉今日子、大森南朋、鈴木砂羽、荒川良々、姜暢雄、平岩紙、森本亮治、佐藤直子、佐藤銀平、中込佐知子、米村亮太朗、大橋智和、安藤サクラ、風間杜夫

94年の再演ということだけど初見。

大衆演劇の一座が舞台というと、もうそれだけでストーリーが細部に至るまで想像できてしまいそうなのだけど、もちろん岩松了はその想像を完膚なきまでに裏切ってくれた。

座長の妻であり、一座の裏方作業をとりしきる、座員から「ママ」という呼ばれる女性が主人公。彼女は現在妊娠8ヶ月だ。ロングランの公演の真っ最中、女優を連れて逐電したかつての花形役者が、もういちど一座に戻りたいという泣き言をいれてくる。彼は、一座の中の何人かの女性と浮き名を流し、「ママ」もまたその中のひとりだった。

「ママ」の最後の残酷な決断。一瞬にして色を失った髪。彼女が選んだもの、そして捨てたものはなんだったのか。

岩松了のセリフ回しはやっぱりすごい。登場人物たちがそれぞれに自分の感情を伝えようとあがいて、それは失敗するのだけど、その失敗した言葉がなんともいえず美しい。最近の作品より90年代に書かれた作品の方が、失敗の向こうにあるものを想像しやすくて、だからぼくは好きなんだと思う。

特に、「ママ」を演じた小泉今日子と一座の女優さつきを演じた鈴木砂羽がからむシーンがよかった。こういう言い方はなんだが、とにかく二人ともとてもかわいらしかったのだ。できればもう少しいい席でみたかった。

青年団『火宅か修羅か』

作・演出:平田オリザ/こまばアゴラ劇場/自由席3500円/2008-01-04 19:30/★★

出演:志賀廣太郎、山村崇子、能島瑞穂、堀夏子、荻野友里、古舘寛治、古屋隆太、大竹直、鈴木智香子、井上三奈子、しんそげ、高橋緑、兵藤公美、島田曜蔵、山本雅幸、村田牧子

海辺の旅館のロビーが舞台。いくつかの人間関係が並行して描かれるが、主軸となるのは、妻の死後家を出てその旅館で生活する小説家、再婚相手の女性、小説家の三人の娘だ。もう一組、学生時代の水難事故を引きずる元ボート部の男女の一団が舞台をにぎやかす。

タイトルの『火宅か修羅か』だが、ぼくは「火宅」の意味を勘違いしていた。文字通り、問題が発生して炎上中の家庭という意味かと思っていたが、広辞苑によると単に「現世。娑婆。」ということらしい。もうひとつの「修羅」は、作中で登場人物が説明してくれるように、地底や海底から天上の神々に戦いを挑む悪神転じて人の心の底にたぎるマグマのことで、この作品に限らず平田オリザ作品は表面上の静けさの裏で、この修羅を描こうとしているといっていいような気がする。

今回、残念なことに、修羅をちゃんと見いだすことができなかった。勘違いした「火宅」の意味にミスリードされたか、あるいは題材とぼくとの相性が悪かった、ということになるのかもしれないが、そんなこと別にいいじゃんと思えてしまって、真に迫る瞬間をつかみそこねてしまった。

それでも、小説家一家の三女とボート部で死んだ生徒と同じボートに乗っていた小林が言葉を交わすシーンはよかった。互いに余計な部外者か好奇心の対象に過ぎなかったのに、突然共感がうまれる。ぼくは争いには心を動かされず、和解にひかれてしまうということなのかもしれない。