散歩日和の最近のブログ記事

2010-03-13

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IMGP0928

春が来た、来た。

この間、国分寺、国立あたりの地図をみてたら、駅に近くて、それなりに目立つ幅広の道であるにも関わらず、一度も通ってない道があることに気がついて、カバンの奥から500円玉を見つけたみたいな気分になった。この未踏ロードは国分寺の東、武蔵小金井との間の真ん中付近まで続いていて、それらを一気にたばねて味わうために、武蔵小金井から歩くことにした。

武蔵小金井の上り高架ホームに人の姿が見えたのであれっと思ったが、いつの間にか上り線の高架化も完成していたようだ。調べてみたら昨年の12月6日に切り替えられたようだ。踏切も廃止されて、南北自由に通行できるようになったのだ。南口の再開発も進んでいて、ロータリーが設置されようとしている。まだ車は入れないが、周囲の商業施設はオープンしていた。

駅周辺の路地を通り抜けて連雀通りを進むと、いつぞや携帯電話を落としてお世話になった警察署。今日はやけに周囲に警官やパトカーが目立っていたけど、警官も冬眠から目覚めたのだろうか。さらに進むと、連雀通りは右にカーブして中央線の高架をくぐり抜ける。もはや踏切はない。そこからが未踏ロードのはじまりだ。確かに見覚えのない風景、といいたいところだが、よくわからない。

連雀通りは北西に進み続けるが、小金井市から国分寺市に入り、本多五丁目の交差点を過ぎたところで、斜め左の道に入ってゆく。この道が最初に見つけた未踏ロードだ。国分寺駅北口のにぎわいをほのかに感じさせる一帯を通り抜け、単線の西武国分寺線の踏切を渡ると、左手には広大な日立の研究所の敷地が広がる。塀の向こう側にはたくさんの樹。何の樹か気になる。

さらに、西武多摩湖線の踏切、JR武蔵野線の高架下を通過し、両側に仕舞た屋が並ぶ。国立が近づいてきた。駅に続く見覚えのある道にぶつかったところで、未踏ロードは終わり。この先、道なりに国立駅に近づくか、内藤橋通りを北西に進むかで迷っていて、その場で決めようと思っていたが、結局後者を選んだ。

どんどんどんどんあたりの風景は郊外化してゆく。土と錆と埃。しかし最後にモダンへの揺り戻しがおきて団地。広大なけやき台団地にたどりつく。そこからさらに北に進み、玉川上水を越え、西武拝島線の東大和市駅まで。[武蔵小金井駅〜けやき台団地〜東大和市駅(9.6km)[地図]]

新宿に出た。紀伊國屋書店近くのガンジーというカレーショップでエビカレー - 980円。ずっとエルヴィス・コステロの曲が流れていた。スタバでラテをすすって休憩してから、やまやでワインを買ったり、ブックファーストやヨドバシカメラをひやかしたり。

Viewカードの2008年度のポイントがもうすぐ無効になるというメールがきたので、Suica にチャージすることにする。ViewカードのSuica機能の部分にしかチャージできないと思っていて、それならふだん定期券で使っているSuicaと2枚使い分ける必要があって不便だなと思っていたが、いつの間にか、モバイルSuicaまたは記名式の任意のSuicaカードにチャージができるようになっていた。なんとチャージできる金額は12000円。いつの間にそんなにたまっていたのだろう。もうかったような気になった。

2010-03-07

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いまいましいことに、予報通り、冷たい雨。でもそれが雪に変わることはなく冷たい雨はどこまでいっても冷たい雨のままだった。

散歩はあきらめて、美術展でもいこうと思うが、適当なのが見つからない。今日は買い物だけして帰るかと、電車に乗り込み、iPhoneをいじっていたら、楊福東(ヤン・フードン)という名前にぶちあたった。どこかで聞いたことのある名前。そう、何年か前、森美術館で開催されたハピネス展という展覧会に出展されていた『下級兵士YYの夏』という映像作品のディレクターだった人だ。ぼくはある若い中国人女性のユニークでユーモラスな夏を描いたこの作品がとても気に入って、都合3回もみてしまった。あれと同じ人の作品なら是非ともみたい、と思い原美術館にいくことにした。品川から京急で一駅横浜方面にもどり北品川で下車して、国道15号をわたり坂をのぼり、JRの線路を陸橋で越えると、いきなり緑が深まり、雨音以外の音が静寂の中に退く。原美術館はその先で右手に曲がったところにある。

楊福東は思っていたのと全然違った。全部で5作品、3編はストーリー性を感じる純粋な映像作品。1時間弱の比較的長めのもの、30分弱のもの、7分の短編。残りの2つは、複数の画面から構成されるヴィデオインスタレーションだ。なんかどれも過度に男性的というか、武骨な感じで、女性が登場してもそれは明らかに男性の視点から描かれているのだ。むしろ、YYの夏の、ガーリーでユーモラスで都会的な感覚はどこからでてきたのだろうか、と逆に不思議に思った。

一番印象に残ったのは、『竹林の七賢人 パート3』という作品で、牛を実際に殺す場面だ。脳天を石斧のような鈍器を振り下ろしてたたき割っている。確かにショッキングなんだけど、不思議に残酷さはあまり感じなかった。牛を殺すことに罪があるとして、それは苦しみの時間に比例するような気がした。

相変わらずの冷たい雨の中品川まで歩いて戻り、そこから先はショッピングアワー。まず、iPhone を契約したときにソフトバンクからもらったギフト券をようやく3枚使って、丸の内の丸善でフリッツ・ライバー『跳躍者の時空』を買った。ギフト券を使える店はぼくは頻繁に利用する店と微妙にずれていて、なかなか使う機会がないまま、だんだん大事な買い物のときでないと使ってはいけないような気分になってきて、あやうくサイフの肥やしになりそうだったので、何気ない買い物で何気なく使ってみた。お釣りもでるそうなので、もっと気軽に使えばよかった。

その後、アルプスで牛すじカレー - 450円を食べたりスタバでチャイティーラテを飲んだりしながら、いい加減くたびれてきた散歩の必需品、カサとスニーカーを新調し、最後にワインを買って帰ったのだった。おしまい。

2010-03-06

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seems like hovering away - IMGP0919

電車の隣席の隣の男性が何やら話している。隣の隣からも男性の声が聞こえるので、彼と話しているのだとばかり思ったが、何か様子が違う。イントネーションが単調で抑揚がないのだ。ちょっと身体を傾けてうかがうと、隣の隣の男性はそのまた隣の人と話しているのだった。そう、隣の男性はずっと独り言をつぶやいていたのだった。そういう人には twitter がありますよと教えてあげたかった。

東池袋でマチネーの観劇。アフタートークまでみてしまったので、劇場を出たのは5時過ぎだった。来るとき降り始めた雨はいったんあがっていた。このチャンスを無駄にしないため、すぐさま歩き始めた。天気予報ではちょっと寒いようなことをいっていたが、あたりには暖かな湿り気を帯びた空気がただよっている。池袋東口の歓楽街からはずれたこのあたりの雰囲気はかなり好きだ。特に雨上がりの夕方に歩くにはいい。裏道を選び、ぼくも路傍の色あせた影の一つになる。

大塚駅前から板橋方面へ。きらめくイルミネーションを通り抜けていたら気分が高揚してきた。苛酷な冬の間ごぶさただったウォーキングハイ。その「ハイ」でハイボールが作れそうだった。途中で王子方面に向きを変え、石神井川近くの小公園にかかる小さな吊り橋を渡った。揺れる揺れる。揺れ方はかなり本格的な吊り橋だ。渡り終えてからもしばらく地面が揺れているような気がした。王子神社から王子稲荷、名主の滝と続くあたりの雰囲気がたまらない。結構散歩の盲点になっている地域だ。昼間にまたこよう。

また雨がぽつぽつ落ちてきた。東十条で散歩を終える。[東池袋駅〜大塚駅〜王子稲荷〜東十条駅(7.4km)[地図]]

東京駅に出た。名店街の中の小さなタワレコで capsule の新譜 "Player" を買う。このところの capsule は中田ヤスタカが Perfume をプロジュースしている反動か、ハードな曲が多かったが、ちょっと試聴した感じだと、ソフトでメロウな曲調が戻ってきた感じだ。

スタバで最後に残ったソーセージパイを注文したら、同時に隣のカウンターで同じものを注文していた。店員同士が困った顔を見合わせていたので、ここは大人らしく譲ってあげることにした。代わりにフィローネ照り焼きチキンとキャラメルマキアート、あわせて890円。

明日は雪らしい。何もすることがなさそうだから、残りの買い物は明日にとっておこう。

2010-02-28

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IMGP0915

都心部は東京マラソンのせいで交通規制されているので、湘南に海でもみにいこうかと思っていたら、チリ地震の影響で津波警報が発令されてしまった。街も海もだめなら、残りは山しかないじゃないか、と嘆いてみたら、山なら23区内にも浜田山、久我山や八幡山とかがあることを思い出した(なぜかみな京王電鉄の駅だが)。

一番最初に思いついた井の頭線の浜田山駅から歩き始める。「山」といっても、それらしき地形があるわけじゃなく、瀟洒な住宅地がのっぺりと広がっているだけだ。ときおり北向きや南向きのサブモチーフが顔を出すが、西に向かうのがメインモチーフ。晴れてはいるが風が冷たい。

できるだけはじめての道やごぶさたの道を歩こうとしているが、それでも結末がわかっているミステリーを読んでいるような既視感はいなめない。

結局、あらかじめ予定されてかのように井の頭公園にたどりつく。それでも、かなり久しぶりだ。まだどうにか残っている2月最後の太陽に照らされながら、人々は相も変わらず、悲しげなバイオリンの調べを響かせたり、リクエストにこたえてマンガを朗読したり、売れ残りの商品を色あせるがままにまかせたりしている。そして、ぼくのようにただ歩いている人。

そのままもうひとがんばりしようかと思ったが、どっちに進んでも既視感からは逃れられそうになかったので、吉祥寺でゴールのテープをきっておいた。[浜田山駅〜井の頭公園〜吉祥寺駅(7.8km)[地図]]

おいしいカレーが食べたくなったので、久しぶりにリトルスパイスという店に入ってみた。カウンターだけの小さな店で、すぐに満席になってしまう。ブラックカレー - 945円。骨付きのチキンが3本。名前の通り黒いルーがとてもクリーミーで、懐かしいようなまったく未知のような不思議な味がした。

スタバでオレンジブラッサムティー。

伊勢丹は3月14日に閉店だし、ロンロンも3月30日で改装のためしばらく閉店になる。啓文堂書店やユザワヤは南口の丸井の中に入るとのこと。吉祥寺もこれから大きく変わりそうだ。いい方向にか悪い方向にか、誰ぞ知る?

その啓文堂書店で Kazuo Ishiguro "Nocturnes" を買う。今度は現代の英語圏の作家が書いた小説に挑戦してみようと思ったのだ。値段も1344円と手頃だった。

渋谷に移動。タワーレコードで、インバルが振るマーラーの4番、6番をまとめ買い。もともと安いのにさらに15%引きになっていて。あわせて2232円で買うことができたのだった。やまやでは地震からの復興の応援の意味をこめてチリワインを買った。Portal Del Alto Reserva - 980円と安いのにとてもおいしいワイン。

今日はとてもいい買い物ができた日だった。

2010-02-27

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border - IMGP0908

雨はあがったが冷たい風が吹きつけてくる。とりたてて理由もなく総武線の津田沼。この前津田沼にたどり着いたときはすっかり夜になっていたので、昼間の津田沼は初めて。南口に出るのも初めてだ。北口同様、コンコースがあり、駅前にはショッピングモールがある。

一歩駅前の区画からはずれると、そういうにぎわいは退き、商店街の旗がはためいているが、ほとんど開いている商店のない通りへ。旧道らしき佇まいのある通りだ。左手の道が魅力的なさそいをかけてきたが、今日は右手の船橋方向にいこうと思っていたので、そのさそいを必死に振り切る。

そして目の前に広がる干潟。冬鳥はすでに飛び立ってしまったらしく、芦原の向こうの水面はただただ静かにないでいた。しばし干潟沿いの遊歩道を歩き、広い自動車道路にぶつかるが、横断歩道はまわりになく、右手の歩道は工事中でふさがれていた。そうすると左手に進むか、引き返すかだが、実は右手の歩道は迂回すれば入り込むことができることに気がついた(そうしなくても立入禁止という札がさげられたパイプはひざくらいの高さしかなかったのでまたぎ越すことは可能だったが)。歩道の左側は防音壁、右側は競馬場の厩舎の塀にはさまれた隔絶された空間。当然向こう側にも通行を妨げる何かがあるはずだが、こちら側と似たり寄ったりで回避できるだろうと、たかをくくっていた。ところが......。

ところが、ようやくたどりついた向こう側は大人の背の高さくらいある障壁でぴっちりふさがれていた。子供時代のぼくなら金網に足をかけて飛び越すことを考えたかもしれない。だが、それはあまりにも無謀だった。おとなしく踵をかえす。

結局ちょっと道を引き返して、さっきデッドエンドの金網越しにみた道路にたどりついた。金網の向こうには10分くらい前のぼくがうらめしそうに立ち尽くしている。間抜け面、さっさと引き返せ。

行き止まりの道に迷い込んだこともそうだが、何だか、今日のぼくはちょっと危なげで、交通量の激しい通りを横断歩道がないところで渡ろうとしてしまう。そのくせ老若男女さまざまな人に追い越される、追い越される、追い越される。もっと足を踏み出してきびきび歩こう。雨が落ちてきた。カサはない。だが、結局カサが必要になるほど雨足が強くなることはなかったのだった。

大神宮というほどには大きくない神社の中を通り抜け、船橋の中心部。駅の高架をくぐり北口側に。そのまま西船橋まで歩こうと思っていて、左手に高架線路をみながら歩いていったら、途中でその線路が東武野田線であることに気がついた。野田線だと都心にもどるのが面倒なので、ちょっと引き返して、東葉高速鉄道の東海神駅へ。実はさっき髪の毛一本差のような場所を通り過ぎていたのだった。[津田沼駅〜谷津干潟〜大神宮〜船橋〜東海神駅(9.4km)[地図]]

東西線直通の快速電車で日本橋へ。東京駅前のパスタ屋で、豚肉とベーコンのバター醤油のパスタ - 790円。なぜかそのまま新橋まで歩いてしまい、スタバでラテをすすりながら、夜が更けてゆく。

緑の髪

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長い夢をみていた。その中で、ずいぶん長いこと会っていない友人の家を訪ね、見知らぬ若い女性とひきあわされる。彼はその女性を妻だと紹介する。彼女は緑色の服を着ていて、髪の毛もなぜか緑色だ。その友人がふつうに知り合いそうにないタイプの女性だったので、ぼくは興味をひかれ、友人が語る二人のなれそめに耳を傾ける......。という夢のことはすっかり忘れていたのに、どういうわけかぼくは、オールグリーンの服装で出かけてしまった。幸い髪の色は緑じゃなかった。

中目黒駅前では、リクルートの新しいサービス、タウンマーケットの勧誘をしていた。無料で地域の店の広告やチラシなどが載った情報誌を宅配してくれるサービスだ。テレビ番組表も載っていて、もう完全に新聞の読者を取り込もうとしていることが露骨すぎて、驚いた。どうする新聞業界。

代官山から山手線の高架をくぐって内側に入り込む。ちなみに今日はiPhoneの充電を忘れて、残り電池容量がこころもとないので、iPhone による記録はなし。記憶が頼りなので、いつもより緊張感をみなぎらせて歩いている。

青山通りをわたると、路地の中、そびえる高層ビルの手前に行列ができていた。就学前の子供たちを連れた母親、まれに父親もまじっている。どうやらそこは幼児教育の教室らしい。子を持つ親は何かと大変だ。

キャットストリートを通って原宿方面に向かうが、すぐに明治通りを渋谷方向に引き返すという意味のない動きをしてしまう。もともと山手線の外に出てしまうつもりが、工事中で通り抜けられるかどうかわからなかったので迂回したのだが、そのあとは山手線の土手が障害物になって、向こう側にぬけられなかったのだ。

あまりの寒さに、心はもうどこで散歩を終えるかを模索している。歩いている間中、曇っていた空が一瞬だけ隙間をあけて、日没間際の太陽のオレンジ色の光を通していた。引退の花道のように。

渋谷駅のまわりを一定の距離をおいてまわる衛星軌道にとらわれる。このまま渋谷駅に突入するのは、どうもめりはりがつかない気がしたので、センター街のなれの果て、宇田川遊歩道を渋谷駅と逆方向にどこまでも進んでいく。ゆきついたのは地下鉄千代田線の代々木公園駅。[中目黒駅〜代官山駅〜キャットストリート〜NHK〜宇田川遊歩道〜代々木公園駅(7.1km)[地図]]

日比谷にでた。シャンテ地下の家族亭で鴨つけせいろ900円。のどがかわいていた。そのときの体調や気分に応じて最適な飲み物というのがあるが、今日は明らかにチャイだった。銀座のスタバでチャイティーラテ。植物の茎が水を吸い込むように、のどの奥をぐいぐい、スパイスと甘みが通り抜けてゆく。最高。

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文化の香りがする都市ではあるけど、ぼくが観にいくような劇団が横浜で公演をうつことは、ほとんどなくて、今日が2006年5月に続いて二度目の横浜における観劇だ。前回もその前に東戸塚から歩いたが、今日もまた同じ東戸塚から歩くことにした。別にそうしようと思ったわけではなく、東戸塚と決めた後に気がついたのだ。

そのときと同様、東口に出て、空中楼閣的なショッピングモール群を通り抜ける。エスカレータを使って上へ上へ。やがて向こう岸の高台の農地混じりの住宅地にたどりつく。この前は左に進んだので今日は右。あたりの丘陵は平戸果樹の里と名づけられている。長い午後いっぱい穏やかな日射しをあびて、すくすくと樹が育ち、実がなる。ぼくの頭からも何かがはえてきそうだった。

さっき陸橋で渡った環状二号に再びぶつかる。国道1号の第一屋製パン(余談だが小さい頃ぼくはここのパンのブランドを「ネーパン」と読んでいた)の工場の脇をすりぬけて住宅地の中に迷い込む。脱出した先は三度の環状二号。下から見上げるよりずっと長く続いた心臓破りの階段をのぼりきるとまたしても住宅地。

横浜のこういう住宅地は、まっすぐに続いている道がなくて、まがりくねっていたり、途切れていたりするので、おしこちに進もうと思っても、なかなか思い通りに進むことができない。結局いったん広い道路に出ないことには、にっちもさっちもいかないのだ。そんなこんなで、そこそこ広い、コミュニティーバスの停留所があるような通りに出て、進んでいくが、途中で時間を確認したら、もう余裕がなくなっていた。あたりの地図を確認すると、今目指している方向には駅はない。引き返せば、市営地下鉄の上永谷の駅がある。通常なら、引き返すにしても、ほかの道を選んで、少しでも新鮮さを味わいたいところだが、上に書いたように、そんな道はなかなかないのだ。ちょっと抵抗してみたが、結局は同じ道を逆方向に歩んでいく。

四度、環状二号を横断して、地下鉄なのに高架駅の上永谷到着。[東戸塚駅〜上永谷駅(7.5km)[地図]]

地下鉄で横浜駅にでる。はじめての劇場ということもあり、確実に着くことを考えると、もう食事をする時間は残ってなかった。劇場に向かいながら途中のコンビニでアンパンを買ってほおばる。しかし、そのコンビニは途中でもなんでもなく、かなり見当違いの方向だったということがわかってあせる。あせる。

競艇場前前

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どこかにいく途中で、そのどこかがどこであるかがわかる。よくあることだ。今回の場合、そのどこかは競艇場前だった。固有名詞としての「競艇場前」。西武多摩川線の終点の一つ手前。ぼくとしてはそこに競艇場がなくてもいっこうにかまわなかった。たまたま競艇開催日ではなかったので、ほかの人たちにも同様だったとみえて、あたりは閑散としていた。

さっきまで負け試合のベンチウォーマーみたいにあたりを温めていてくれた太陽も、雲の裏側で行方知れずになり、またしても寒空の下孤立無援。

とりあえずは西へ。西武多摩川線の線路沿いを終着駅是政の近くまで進み、ちょっと北にそれると、まず中央道の高架をはさんで競馬場がみえて、ついでサントリーのビール工場がみえるという、ユーミンの歌を地でいく展開。その先で新田川緑道という緑道に入り込み、とりあえずいけるところまでいってみることにした。中央道に漸近線のように近づいていき、いったん接したかと思うと再び離れ、弧を描いて今度は向こう側に突き抜ける。日本電気の工場の先で緑道は終わりをむかえた。

崖をのぼると南武線の線路。新駅(といっても開業から1年が経とうとしているが)西府の近くだった。そこから北の中央線沿いまでいって、散歩を終えようと思うが、思ったよりずっと遠かった。すっかり暗くなってから西国分寺にたどりついた。[競艇場前駅〜新田川緑道〜西府〜西国分寺駅(10.6km)[地図]]

吉祥寺に出た。葱坊主で味噌けんちんうどん-790円。具だくさん。あつあつスープで冷え切った身体があたたまる。そしてスタバでカプチーノを飲んでさらに暖まる。

タワレコで、ラトルが振るマーラーの7番のCD-1500円を買う。難解といわれ不人気な曲だが、とりあえず奇数番のシンフォニーを一通り聴いておこうと思ったのだ。さてどうだろうか。

今日もまともな写真はほとんど撮れなかった。春がくるまで無理そうだ。

雪足

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家を出たときは蓋を開けたまま日向に半日置いておいたコーラの炭酸みたいな雨の降りで、これは歩けると思った。下北沢についたときにはかなり雨足が強くなっていたが、雨音はほとんど聞こえなかった。というのも、雨でなくほぼ雪になっていたからだ。

それでも歩き始めたのは、天候が悪いせいで、休日を木曜に続いて二回連続でつぶしてしまうのが、癪にさわったからだ。駅を離れるともうすぐに住宅地の中。カサをさす不自由さと寒さのせいで、まわりの風景を楽しむ余裕はないし、そもそも楽しむことができる風景なのかどうかもよくわからない。むしろ、Podcastと音楽をきくことがメインで、まわりの風景は単なるBGVに過ぎなかった。

環七を渡って、東松原。そこから明大前に近づいたのに、また東松原にとんぼがえりして、今度は新代田へ。雪は強くなったり弱くなったりを繰り返すが、笹塚あたりでさすがにもういいだろうという気になる。結局、この散歩は乾くひまもなくスニーカーがまた濡れただけだった。[下北沢駅〜東松原〜新代田〜笹塚駅(6.5km)[地図]]

京王線と井の頭線を乗り継いで再び下北沢へ。以前から気になっていた松尾貴史さんが経営する般゜若というカレーショップにいってみることにする。ちゃんと場所を確認せずに、勘を頼りに進んでいったがどうにかたどりついた。座席が11しかない小さな店だ。男女一人ずつで切り盛りしている。開店したばかりだったので先客は一人だけだった。チキンとキーマのハーフ&ハーフカレー - 1000円を注文。チキンカレーはスープカレーで、比較的オーソドックスな味だったが、キーマが独特だった。薬膳のような独特なスパイスの香りがする。食べているうちに身体の奥から暖まって、じんわり汗が出てきた。おいしい。

スタバでラベンダーティーラテをすすりながら時間をつぶす。それでもまだ時間があったので、駅周辺をうろついていたら映画監督の黒沢清さんとすれ違った。何度か入ったステーキハウスのカウボーイの店舗が取り壊されて無残な姿をさらしていた。閉店になるとはまったく知らなかった。ハンバーグステーキがとても安かったのだが。

そしてようやく観劇。

芝居がはけて外に出ると、またしても雪が落ちてきた。

帰りの電車の中で、女子たちの会話を立ち聞きする。その中の一人の友人(女性)が、中国出身で、小学生の時から日本に住んで日本の学校に通っている。だから彼女は中国語と日本語のバイリンガル。帰化したのだが、姓と名前を自分で適当につけた。何でもいいと思ったそうだ。父親と母親の名前もその友人がつけたらしい。逆命名だ。中国の一人っ子政策の影響でその友人には中国の戸籍がないらしい。だからほんとうの誕生日もよくわからない。だから、それも適当に決めたらしい。どこまでほんとうかわからないが、その自由奔放さが微笑ましい。将来大物になりそうだ。

pas de deux - IMGP0851

昨日ほどではないが厳寒。このところ郊外が続いたこともあり、今日は代々木から新宿の周りをぐるっとまわってみる。

今のところかろうじて再開発の波から逃れている新宿御苑周縁地域から、新宿三丁目のにぎわいを微妙に急所をはずしながらすりぬける。新宿の下半身歌舞伎町。不景気のせいか、あわせて150歳くらいの元気のない下半身だ。

路地の看板の上に猫がちょこんと座っていた。興味ないふりをして近づいて、写真を撮ろうとした。あともう一歩と欲をだしたのがよくなかった。猫は警戒してビルとビルの間に逃げ込んでしまった。

ガードをくぐって山手線の外に出る。歩いている道がちょうど風の通り道で、しかも逆風で、寒いことこの上ない。やがて西新宿の高層ビルの足下。こちらはいわば新宿の上半身だ。一番上のところはそろそろとりかえたほうがいいような気がする。なんらかの配給イベントがあったのか、新宿中央公園にはホームレスらしき人たちとなんらかの機材を運ぶNGOらしき人たちの姿。

初台方面に向かおうと思って右折し、夕食の買い物客でにぎわう不動通りの商店街。初台方面にまがるきっかけを失ってずるずると結局一つ先の幡ヶ谷まで歩いてしまった。[代々木駅〜新宿三丁目〜歌舞伎町〜西新宿〜幡ヶ谷駅(7.3km)[地図]]

神保町まででる。はじめて Bagel & Bagel に入ってみた。海老プリフィレカツとクラムチャウダースープでしめて860円。そしてスタバでチャイラテをすすりながら今日もまたゆっくりとペーパーバッグを読みすすめる。

double meaning - IMGP0834

退屈さと猛烈な風の冷たさは保証済み。めげずに向かったのははるか北方、腹部でも胸部でもなく東武動物公園だ。といっても目的は動物園じゃなく、近くを流れる川大落古利根川(おおおとしふるとねがわ)リバーサイドウォーク。

記録はなし、記憶も定かじゃないが、10年以上前、ひょっとすると15年以上前かもしれないが、この川沿いを軽く歩いたことがある。そのころ北村薫の円紫師匠シリーズが好きで、主人公の女子大生が住んでいるのがこのあたりではないかと思い定めて、ストーカーチックに歩いてみたのだ。今思えば、いかにも高校国語教師的な、滅菌された文学観が鼻につくし、主人公もあまりにも理想化されたティーチャーズペット的なキャラクターだが、その頃は、そこに萌えていたのだろう。

そういう文学的感傷はもう今となってはどうでもいいのだが、せっかく歩いたのに、その記録がどこにも残っていないのはさみしい。再現しよう。という思いが、あまり気が進まない地域だけにかえって義務感としてめばえてきたのだった。それで、日曜日に続いて、東武伊勢崎線に乗り込んだというわけだ。

上で、記憶も定かじゃないと書いたが、歩き終えたのは春日部なのは間違いない。歩き始めたのは最初東武動物公園かと思ったが、記憶の断片をつなぎあわせると、たぶん一つ手前の姫宮だったんじゃないかと思う。でも乗り込んだのが急行電車で姫宮を通過してしまったこともあり、再現といってもまったく同一のコースを歩く必要はなく、その精神をいかせばいい。というわけで、すっかり前置きが長くなってしまったが、最初書いた通り東武動物公園から歩き始めたわけだ。

駅前からまっすぐ歩くとすぐ大落古利根川にぶつかった。かなり川幅があり、両岸に土手が広がる一級河川だ。こぢんまりして手をのばせば水に触れられる小川の印象がぼんやり残っているが、それはやはり、姫宮駅前を流れる大落古利根川の支流の記憶なのだろう。このあたりは大小の河川が都心の地下鉄みたいに入り組んで流れている。

最初橋を渡らずに「こちら側」を歩いたが、寒風にあおられながらほとんど日陰の中。向こう岸には遮るものなく燦々と日射しが降り注いでいる。岸辺にボートが舫われている。なんだか「こちら側」を歩いているのがばかみたいだった。やはり太陽のあたる側を歩かなくては。次の橋で向こう岸に渡った。

寒風は同じだが、太陽の下歩いていると身体が温まってくる。風景も光と影のタペストリーを繰り広げていて、思ったより退屈じゃなかった。久しぶりに手応えのある写真が何枚か撮れた。

やがて、太陽が進行方向のちょっと右側に沈むと共に、向こう岸に見覚えのある看板を掲げたビルディングがみえてきて橋と橋の間隔が短くなった。春日部の街だ。だが、もう少しだけ川縁を歩くことにする。

夕暮れと共に川を渡る風は厳しさをまし、ぼくもいよいよ川縁を離れ、クロージングタイムに入る。名前は覚えてないが確かその先に東武野田線の駅があるはずだった。

目論見通りたどり着いた。駅名はふじの藤の牛島というちょっと不思議な名前だった。[東武動物公園駅〜大落古利根川〜藤の牛島駅(9.6km)[地図]]

春日部までは一駅。春日部で、やってきた電車は日光線から直通の区間快速で、車輪のところに雪が付着して、車内の床も濡れていた。こちらはこんなに悲しいくらい晴れているのに、日光方面は楽しく雪らしい。快速は、運賃以外の料金不要の電車としては最速。春日部の次はもう北千住だ。そして、その次は終点浅草。銀座線に乗り換えて、日本橋。そしていつもの八重洲地下街へ。

アルプスで麻婆カレー450円。有楽町まで歩いてスタバでキャラメルマキアートをすすりながら、ペーパーバックを読み進める。

首都圏を走る幾多の鉄道路線の中で、東武伊勢崎線がちょっと盲点というか盲線になっていたことに気がついて、はるばる春日部までいってみた。といっても春日部にいくのははじめてじゃない。はるか昔、このブログを始まる前だから、先史時代といっていいと思うが、近くの古利根川沿いを歩いたことがある(これはこれでそのうち再現してみたい)。

春日部は、東武伊勢崎線と野田線が交差するターミナルであり、地域の中心駅だ。西口駅前はそれなりの風格がある。駅前のロータリーからまっすぐのびている大通り。中央にグリーンベルトがあり、両端の歩道の幅もたっぷりとってある。まさにメインストリートたるべくつくられたような通りだ。とりあえずいけるところまでいくことにした。

どこまでも続くようにみえたその道も大沼公園という公園にぶつかってあっけなく途切れる。人の姿をあまりみかけない、ちょっとさびれた公園だった。グラウンドで草野球をしている人たちだけが気勢をあげていた。

公園をでたあとは、いったん離れた東武線に近づくような道を選んでゆく。同じ埼玉県でも、大宮や和光市など東京との関わりがもっと密接な街とはちがって、首都圏というより北関東という感じがする。象徴的なのはジャージ姿の中学生を多く目にすることだ。東京都心や神奈川でも見かけないことはないけど、これほど圧倒的じゃない。北関東ジャージ地帯とか地理の教科書に載っていそうな気がする。

春日部の二駅隣の武里駅のそばには巨大な武里団地。航空写真で見ると、一帯すべてに団地の長方形の建物が配置されて、細胞の顕微鏡写真をみているようだったけど、歩いても歩いても尽きることなく、団地の棟が並んでいるのは圧巻だった。たとえば1-34棟と5-18棟のほとんど区別のつかない同じ間取りの部屋であっても、そこではまったく別の人生が営まれているというあたりまえのことが、とても不思議なことのように思えた。

団地を抜けると隣のせんげん台の駅前。なぜか駅名はひらがな混じりだが、町名はちゃんと漢字で千間台だ。[春日部駅〜大沼公園〜武里団地〜せんげん台駅(6.9km)[地図]]

上野に出た。駅前の駅前グリルは、メニューがちょっと変わって、単価が高くなっていた。それでも、ねぎカルビ定食750円。十分納得の値段だ。御徒町に移動してスタバでカプチーノ。隣の席では、コリアンの男女と、ほかの東アジア系の女子が片言の日本語でやりとりしている。片言といってもコリアン女子の日本語はほぼ完璧だったが。共通言語としての日本語。なんかおもしろい。

かくしてテン年代最初の一ヶ月がおわってゆく。

月に吠える

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急行電車をどんぴしゃのタイミングで乗り継いで中央林間にたどりついた。駅前のカジュアルなにぎわいを通り過ぎると広大な工場の敷地の縁。IBMとレノボの名前が併記されていた。

目指す遊歩道の入口にたどりつく。8ヶ月前に入り込んで途中で離脱してしまった遊歩道。今日は、最初から最後まであるいは最後から最初まで歩き通すつもりだ。

とはいえ、遊歩道の風景は退屈だ。どこまでもどこまでも両側にはただ平板な住宅が並んでいて、ただ時折垣間見える電柱の住居表示だけが変化していく。やがてそれは東林間に変わった。歩き始めた中央林間は神奈川県大和市だが、東林間は相模原市。遊歩道は、これから延々と相模原市を通り抜けてゆく。

見たことのある風景。ちょうどこの前離脱した相模大野駅付近だ。これはぼくの特殊能力と言っていいと思うが、一度歩いた道は忘れない。といっても細部まで記憶していているわけじゃなく、漠然とした印象を圧縮して保持している。それで役立つことは、迷子にならないことくらいで、むしろ退屈になるというデメリットの方が大きい。そんなわけで、これからしばらくは既視感という退屈な道連れといっしょに、前回とは逆の視点と順序で歩いていく。

いきなり風景のサイズが変わる。両側の住宅が退いて、林地にはさみこまれた。細くてひょろひょろとねじまがった樹たち。今は葉を落として、修行中の僧侶たちみたいに禁欲的だ。そこがこのコースのクライマックス。樹たちの聖歌が耳に聞こえてきそうだった。

その木立をぬけた先が未知の領域。といっても、一応名目上は遊歩道が続いていることになっているが、相模原ゴルフクラブに接した道路の歩道の部分に木が植えられているだけだ。その中には梅の木が混ざっていて、早くもいくつかは花が開いていた。白梅、紅梅。春はもう手が届くところまできている。

途中の標識がそろって淵野辺公園まであと何kmと表示していた。たぶん、そこがこの遊歩道の終着点なんだろう。一番最初にみたときは4kmになっていて、はるか遠くという感じだったが、いつの間にか1.3kmになり、そして500m。秒読みが始まる。夕闇が濃くなってきた頃、公園の中に入り込んだ。

テニスコートはいうに及ばず、レクリエーション施設や野球場もある大きな公園だった。樹がライトアップされていた。なんと、公園を通り抜けた先にまだ遊歩道が続いていた。名残を惜しむように歩を進めるが、大きな道路にぶつかったところで、ほんとうのほんとうに終わりを迎えた。

満月が東の空に出ていた。ビルの上くらいの高さなのでやたら大きく見える。薄雲に包まれてあやしいセピアカラーに輝いている。月じゃなくほかの天体が浮かんでるみたいだった。こんな光に照らされたら誰でも体中に銀色の毛がはえて、牙がつきだして、狼男になっちゃうような気がした。考えてみると、狼男は英語で "werewolf"、仮定法過去のbe動詞 "were" が含まれている。狼男とは、ありえたかもしれないほかの現実の可能性を夢みる仮定法の亡霊のことなのかもしれない。

にぎやかな大通り沿いに、JR横浜線の淵野辺駅まで。[中央林間駅〜遊歩道〜淵野辺公園〜淵野辺駅(12.5km)[地図]]

町田に出た。食べるものを求めて歩き回るが、なかなか見つからない。店はたくさんあるんだけど、微妙にひとりで入りにくかったり、食べたいものとちがったりするのだ。結局、前回町田にきたときと同様フレッシュネスバーガーに入った。クラシックチーズバーガーとキャラメルマキアート、しめて950円。なぜかドリンクがぬるいのも前回と同じ。

町田は去年1回しか来てないのに、今年はまだ1月なのに2回もきている。ひょっとすると今年は町田が個人的にブレイクするかもしれない。行動半径を少しずつ広げるようと、はじめて小田急線の北側の西友にはいってみた。レコファンとかリブロが入っている。それなりに使えそうだ。あとは、やはり食事する場所をうまく見つけなければ。

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twitterのTLではみんな暖かいようなことをいっていたが、外にでたらけっこう寒かった。それですぐに気がついたが、防寒用の帽子を忘れてしまった。もうひとつおまけに、イヤフォンのイヤーパッドが片方はずれてしまっていたのだが、そのことには歩き始めたときに気がつくことになる。

東急目黒線の奥沢から歩き始める。駅前はもう自由が丘を中心にひろがった商業地の中に入っているが、まっすぐ自由が丘には向かわず、いったん緑が丘を経由してから結局歩行者天国でにぎわう自由が丘へ。

ペットショップ兼猫カフェのショウウィンドウに生後間もない子猫が数匹戯れていて、つい見入ってしまった。可愛すぎる。

そのあとは何度も歩いた変わり映えのしないコース。世田谷は「沢」がつく地名が多いなと思ったり、さんざん歩いてずいぶん離れたつもりなのにまた奥沢という地名があらわれたりするのも、すべてデジャヴだ。あたりが夕暮れの青さに染まりはじめた頃、駒沢公園にたどりつく。

シャボン玉が風に乗って飛んでいた。すぐにはじけてしまうだろうと思っていたが、いつまでも飛んでいる。これは写真に撮っておこうとカメラを構える。地面に落ちそうなところからふたたび背の高さくらいまであがって、そこをシュート。そのまま、いつまでも、いつまでも飛んでいた。地面に落ちても。うん?どうやらシャボン玉ではなく、もっと割れにくい永続的なものなようだ。そういえば、子供の頃、セメダインのにおいがする透明な膜をふくらませたような記憶がうっすらある。それの進化形だろうか。とにかくいろいろ進歩しているようだ。

公園を出て、駒沢大学の駅前。ここで地下に潜ろうと思っていたが、なんだか久しぶりに世田谷線に乗りたくなって、延長する。夜道をとぼとぼ若林駅まで。[奥沢駅〜緑が丘駅〜自由が丘〜駒沢公園〜駒沢大学駅〜若林駅(8.2km)[地図]]

世田谷線で三軒茶屋に出て、さらに渋谷に出た。駅直結のブックファーストで岸本佐知子『ねにもつタイプ』を買い、食事はセンター街のそばの大戸屋へ。大戸屋は、前会計の店と後会計の店があってややこしい。ここは前会計だった。ゆっくり料理を選べないのがいやなところだ。目についたはおろしハンバーグ定食-790円。そして、スタバにいって、ソイラテ-470円をすすりながら、あと数ページ残した本を読み切る。

リカーショップやまやの道玄坂店にえらく遠回りしてたどりついた。実は駅のすぐそばだということに気づく。店内はかなり広い。今までいった新宿、池袋東口、銀座と比べて新しくて広くていい感じだ。ブルゴーニュのロゼを一本買って帰る。

逆算の検算

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今年初の観劇のために吉祥寺にでる必要があったので、終着点は中央線沿線が便利、スタート地点はそこからつかず離れずの西武線沿い、と逆算して、西武新宿線と拝島線の分岐駅小平から歩き始めた。

もう夕方。昼間は太陽が顔をのぞかせていたが、いつのまにか曇天になっていた。小平高校の前を通って、しばし西武多摩湖線の沿線を歩く。存在感の薄い青梅街道駅から、商店街が発達している一橋学園駅。国分寺の隣の駅だ。もともとは今日ここから歩き始めようと思っていた。

このまま線路に沿って国分寺に向かうのは芸がなさすぎるので、西に向きを転じた。西武国分寺線の踏切を越えさらに西へ。

内藤橋を渡って中央線の南側にでると、もうあたりは闇。そのまま線路につかず離れず国立まで。[小平駅〜一橋学園駅〜内藤橋〜国立駅(9.9km)[地図]]

写真は4枚ばかりシャッターを切ったものの、面白いものは皆無。最近不調だ。

吉祥寺に出た。東急裏の佐世保バーガー ZATS BURGER CAFEで、佐世保バーガー - 690円とカフェオレ - 490円を注文。佐世保バーガーというものを twitter でみかけて食べてみたくなったのだ。ハンバーガーの中にレタス、トマト、厚切りベーコン、目玉焼きなど、ラーメンでいうところの全部入り的なとりあわせ。それなりに満足感があった。カフェオレは値段の割に量が少ないかな。

観劇。一時的に意識を失ってしまった。

CDとか本屋をみているうちに10時近くになってしまった。JRのホームで電車を待っていると、おばさんが前方を指さして、あれは何かと尋ねる。最初なんのことかわからなくて、聞き返したら、眼下の道路をタクシーの車列が埋めつくしていた。いわれてみればすごい光景かもしれない。終電待ちじゃないですかと答えておいたけど、ほんとうにそうだったのだろうか。よくわからない。

逆方向の電車に乗ったりして、帰宅時間がかなり遅延した。

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西武新宿線の東村山で乗り換えて一駅目が終着駅、西武園。今日は閑散としていたが、競輪開催日にはにぎわうんだろう。競輪場と直結する出口の前に広めのスペースがとってあった。

駅はぎりぎり東京都東村山市にあるのだが、いきなり埼玉県所沢市に入り込んでしまった。東京側にコースを補正しようとしていたら都県境に広がる八国山緑地の中に入り込んだ。

ちょうど境界線上にある尾根道を歩く。適度に木が間引きされているので見通しがよく明るい。ジョギングや散歩をしている人たちも多くて、すれちがったり、追い越したり、追い越されたり。左手の眼下には住宅地が垣間見え、右手は森林。ほとんど葉を落としていたが、一本だけ他を圧倒してすくっと伸び、上部に葉を茂らせた樹があって、なんだか森の主っぽい威厳をただよわせていた。

ところで、八国山の名前の由来は上野、下野、常陸、安房、相模、駿河、信濃、甲斐の八ヶ国の山々を見渡すことができたからだという。最初、八ヶ国が見下ろせるのかと思ったが、100mに満たない標高でそんなわけはなく、八ヶ国の山が見えるということだった。武蔵が含まれないのも、今ここだから。平坦な武蔵野でまわりに高い地形がないから可能だったのだろう。この地形は戦乱の折にも活用されたようで、東端の出口の手前に将軍塚という塚が残されていた。将軍というのは新田義貞のことだ。東京近郊を散歩しているとあちこちで新田義貞の名前に出会う。

緑地の外に出た。カモやコイが群れている大きな遊水池。貼り紙によるとタヌキの親子も住みついているらしい。水の中に入っているのは、エサを探すためで、溺れているわけじゃないので、そっと見守ってくださいというようなことが書いてあった。まだ日中の明るさが残っている時間だったし、夜行性のタヌキが姿をあらわすことはなさそうだった。

もともと東京都側に歩くつもりだったが、無意識的に街のにぎわっているほうに足が向き、所沢の市街へ。立ち並ぶ商業施設、商店街。所沢にきたのははじめてではないけど、街の息吹を味わったのはこれが最初。それなりにふところの深い街なので、今日だけでは何ともいいがたい。

市街地を抜けるとともに、夕闇がおりてきて、ゴールを探すモードに入った。そんな中みつけた「有楽町」という住居表示。そう、所沢にも有楽町があるのだ。所沢在住の人に「有楽町で逢いましょう」といったらすれちがいになってしまうかもしれない。

いくつかの小さな勘違いの末、西武新宿線の新所沢駅にたどりついた。所沢という名前はついているが、さすがにローカルな駅だった。[西武園駅〜八国山緑地〜所沢〜新所沢駅(8.2km)[地図]]

新宿まで出てしまう。おひつ家で、豚キムチ鍋定食-893円。raison d'êtreのおひつはなくなってしまったけど、ここは小鉢の数が多くて内容が充実しているのがうれしい。

腹ごなしに新宿の街をぶらついていたら、ゆったりと落ち着いた気持ちが一瞬だけどこからか落ちてきた。

東京スカイツリー - IMGP0755

最高気温6度。出遅れてしまったので歩き始めたときには、もう5度か4度くらいまでさがっていたかもしれない。錦糸町駅を出て、うかうかと人の流れにのり北へ。人の流れが消え失せても北へ。やがて建設中のスカイツリーが見えてきて、その磁力に引き寄せられる。

完成時の高さ634m。1月8日時点で264mだから、まだ半分もいっていないことになる。組み上げられた鉄骨が白いのでほんとうの骨みたいにみえる。現在の最上階からはクレーンが二機触覚みたいにのびていた。その下には防寒のためのウォッチキャップみたいにすっぽりと覆いがかけられている。たもとを流れる北十間川に沿って人がいれかわりたちかわり立ち止まっては写真を撮ったりしていた。ぼくもその中の一人だった。

言問橋を渡って浅草。浅草寺の境内を通り抜けて、さまざまなポーズをとるカッパの像が並ぶ通り。そう、その先は合羽橋。絵に描いた餅が売っていそうな街だ。

鳥越を経由して秋葉原にたどりつくが、まだまだ。靖国通りに出る。どこから雪を運んできたのか、さまざなキャラクターや動物を象った雪だるまが歩道に並んでいた。そして、神保町。[錦糸町駅〜東京スカイツリー〜言問橋〜合羽橋〜秋葉原〜神保町駅(9.3km)[地図]]

駿河台下のザ・ハンバーグで定番のハーブチキンとハンバーグセット-880円のあとスタバでアッサムブラックティーラテ-470円。

それにしても寒い日だった。銀座に出て、1月、2月を乗り切るためにダウンジャケットでも買おうかと思ったが、結構みんな春物が中心になっていて、冬物は値段がさがっているかわりに色やサイズの品揃えが悪くなっていた。うむ。

誰でもない

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奇しくも歩き始めたのは昨日とほぼ同じ時刻。ただ場所ははるか西、はるか郊外。京王相模原線の若葉台駅だ。

駅は、神奈川県川崎市と東京都稲城市の境界の斜面に作られている。北の稲城市側が上りなので、駅前のショッピングセンターは改札をぬけてからエスカレーターで上って、陸橋を渡った向こう側にある。市街地では考えられないくらいゆったりとした建物の配置だ。ある意味ぜいたく、ある意味閑散。だから、そのあたりは半分公園みたいなものだったが、まっすぐ進んでいくと、ほんとうの公園の中に入る。

園内の行く手は左から右に向けて地面が落ち込んで河岸段丘のような段々の斜面を形作っていた。3Dメガネでみたくなるような風景だ。

公園の外に出てどこかに向かう道路。そのどこかは多摩カントリークラブであり、稲城中央公園だった。目の前の陸橋のアーチにそそられてわざわざ渡ってみる。そして向陽台の住宅地の中をむける遊歩道。

学校の前で自転車に乗った小学校高学年くらいの少年か少女かよくわからない中性的というのとも違う子供が、いきなり話しかけてきた。その前に中年の女性と話していて、てっきり母親かと思ったが、そういうわけでもないらしい。声からするとたぶん少女だろうか、「ひとつ質問してもいいですか」というのでうなずいたら、「〜ちゃんのお父さんですか」と笑う。「はあ?」という感じだったが、一応否定はしておいた。そうしたら矢継ぎ早に、「○○先生ですか、△△先生ですか、□□先生ですか」と畳みかけてきた。もちろん、ぼくはその誰でもなかった。きみきみ、純真な大人をからかってはいけないよ。笑いながら否定して、その場をあとにする。

南武線の線路にぶつかった。左手に進むと南多摩駅だが、府中街道に入って多摩川を渡ってしまうことにした。渡り終えてから、これから府中市内の駅があるところまで歩くの面倒だなと思い始めて、ひょっとしたら西武多摩川線がこのあたりまで来てなかったかなと気がついて、右手をみたらどんぴしゃで西武多摩川線の終着駅是政がみえた。[若葉台駅〜稲城中央公園〜是政橋〜是政駅(6.3km)[地図]]

吉祥寺まで出る。そんなつもりなかったのだが、和幸の前を通ったら猛烈にとんかつが食べたくなってきて、店内に引き込まれた。とんかつのほかにメンチがついてくるさざんか1134円。ほんとうに久しぶりのとんかつで、一口ごとに猛烈な幸福感がやってきた。キャベツもおかわりだ。

そして満足感とともに、スタバでカプチーノ(420円)。啓文堂書店で矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん」の下巻を買う。

裏か表か

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twitterのTLをみていてなんとなく暖かいんじゃないかと思っていたが、外に出たら結構寒かった。

目が覚めた時間からどう計算しても一時間空白があるような気がしまうが、とにかく新宿に着いたのは3時半過ぎだった。なにかアイディアがあったわけじゃなく、なんとなく東口から降りて、なんとなく山手線を時計回りに大久保方面に歩き出す。戸山公園まで北上して猫たちと戯れてから、今までと逆に反時計回りに進もうとするが、遠心力で山手線のはるか外に追い出された。

中野坂上から緑道をぬけて大江戸線の西新宿五丁目駅まで。[新宿駅〜東新宿駅〜戸山公園〜中野坂上〜西新宿五丁目駅(7.2km)[地図]]

新宿に舞い戻って、食事はカレーうどんの千吉で。揚げニンニクカレーうどん(750円)。東銀座ではご飯ついてこなかったのに、こちらでついてきた。うどん食べ終わったあと雑炊にするととても満ち足りた気分になるが、カロリーがきになる。スタバでは、ミルクと砂糖抜きにすることにしてアメリカーノ(400円)。

やまやでワインを買ってから、タワーレコードへ。明日が期限のタワレコインを使ってしまうことにする。もともと2枚もっていて、10%割引になるはずだったが、なぜか1枚しか見あたらない。16世紀末〜17世紀初めにかけてのイギリスの作曲家ダウランドのリュート伴奏歌曲集と相対性理論+渋谷慶一郎『アワーミュージック』(ジャケットがかっこいい!)を買い、しめて2990円に対し、ポイント2倍の権利を行使した。別々のフロアで売っているCDだったので、一緒に会計すしたいときは店員に声をかけてくださいという言葉にしたがったら、なんとわざわざ女性店員の人がCDをもって一緒にエスカレーターに乗ってフロアを移動してくれた。万引き防止の装置の間を通るときはCDをもった手を上に伸ばして通り抜けるのだ。なんか恐悦ではなく恐縮してしまった。

across the universities

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前田司郎の小説を読んでいて、和光大学が町田近くの小田急線沿いにあることに気がついたのが、そもそものきっかけ。玉川学園がすぐそばだし、町田キャンバスめぐりという散歩コースはどうかなと思ったのだ。

小田急線の鶴川から歩き始める。最初比較的にぎやかな北口に出てから小さな踏切を渡って小田急の南側に。それなりに離れているので通学路として機能しているかどうかはわからないが、とにかく和光大学に続く道を歩いていく。純然たる住宅街だ。やがて、前触れもなく和光大学正門前。あたりに学生街らしきものは見あたらず、企業の研究所のような地味なキャンバスだった。

さらにその道をゆくと、この先行き止まりというアピールが頻繁に繰り返されるようになってきた。一応下調べはしてあって、行き止まりなのは車だけ。歩行者は途中で曲がれば通り抜けられるはずなのだ。しかし、案の定曲がり角を見過ごしてしまい、子供たちがボール遊びをするデッドエンド。肩身を狭くしながら引き返す。

つま先がすねに触れるくらいの急坂をのぼりつめると、右手前に人一人が通り抜けるのがやっとの細い道。地図をみなければ道だと気がつかなかっただろう。そこをのぼると両側にのびる細い尾根道。右を選ぶ。

道幅が広がって、いつの間にか玉川学園のキャンバスに入り込んでいた。この前、きたときは動物がいた牧舎が今日は空。どんな動物だったかは覚えていないが、ドナドナみたいに売られていったのだろうか。

林立する校舎、大きなグラウンド、どこまでも続きそうな広大なキャンバスだ。道の先には警備員がたっている。キャンバスの出口なのか、プライベートなエリアへの入口なのか、その距離からでは識別できなかった。そこに、右手から眼鏡の大柄な男性があらわれて、左の方に向かっていった。てっきりこれから帰るんだろうと思い込んで、不思議な国のアリスのウサギを追いかけるみたいに、ぼくは彼のあとについていった。ところがあろうことか、彼は途中で曲がり、校舎の中に入っていった。ひとりぼっちにされたぼくは地図を確認し、その先がどこにも通じてないことを知ったのだった。

結局警備員のいるところから外に出て、その後は道なりに。たまたま昭和薬科大学の前を通りすぎ、今日のキャンバス巡りもとりあえず完成。成瀬に通じる道を途中で右折して成瀬街道に入り、町田市街に向かう。

あたりがとっぷり暮れた頃、町田駅のそばまでたどりついたのだった。[鶴川駅〜和光大学〜玉川学園〜昭和薬科大学〜町田駅(8.8km)[地図]]

町田は、アメリカ南部的な感じがする。ヴードゥー、沼地、開け放たれた窓......そんな特別な何かがあるわけじゃないのになぜかそう感じてしまうのだ。

CDをみたりとか食べるところを探したりしながら、あたりをさまよう。disk unionもあるし、タワーレコードもあるし、ヴィレッジヴァンガードもできていた(最近あちこちにできている)。なんだかものすごい行列ができていたが、その先頭をみると、小陽生煎饅頭屋という焼いた小籠包を売る店だった。基本持ち帰りだが、その場で食べている人もいる。おいしそうだったが遅々として進まない行列の最後尾に並ぶ気はなかった。

そんなことをしているうちに疲れてしまったので、タリーズでニューイヤー抹茶ラテ(390円)というものを飲んでみた。スタバの抹茶ラテより和のテイストが濃くてきなこの味がほんのりする。そのあと、結局、フレッシュネスバーガーに入り、チキンバーガーとカフェラテ(630円)。さっきの抹茶ラテもそうだったが、ちょっとぬるかった。

就寝前のひとときに無意味にネットをみて過ごすのをやめて、ちょっと勉強色の強い論理学とか数学とかの本でも読もうと思っている(眠くなるし)。問題を解いたりするのに必要なので東急ハンズでノートとボールペンを買った。ヨドバシやドンキホーテもあるし、ほんとうに、町田はほとんどなんでもそろう街だ。