破壊そして復活

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朝(昼)起きてパソコンの電源を入れたら、Windows2000のログオン画面が表示される直前で、再起動してしまった。何度やっても同じ。ブルー画面が一瞬だけ表示されるがメッセージはよく読み取れない。セーフモードでもだめで、なんとセーフモードコマンドプロンプトでもだめだった。この時点ではハードウェア関係の不良と思い込んでいたこともあり、とりあえず出かけることにした。

今日は選挙の投票の日。根っからの天邪鬼なので、寝てろといわれたら、投票にいかないわけにはいかない。駅とは反対の投票所へ向かう。これがかなり遠く、歩いて10分以上かかる。住所で機械的に振り分けているからこうなってしまうのだが、最寄駅の方向という要素を加味して、出かけるついでに投票できるようにしてくれると、いいと思う。一番いいのは駅で投票できるようにしてくれることだ。

延々と来た道を戻って駅へ向かいそのまま電車に乗り込んで東京駅へ向かう。八重洲地下街でとんかつを食べながら、今日の散歩は飯田橋からはじめることに決定。

飯田橋はぼくの母校があるところで、特別な思い入れがあると思いきや、実はあまりなかったりする。町歩きということに目覚めたのが、会社に入社してからなので、それ以前はあまり町そのものへの興味を持っていなかったのだ。今歩いてみると、神楽坂の商店街などは、ほんとうにいい感じだと思う。

神楽坂を登りきりそのまま早稲田通りを直進。新潮社のところで左折して、牛込中央通りに入る。大日本印刷から現在工事中の旧フジテレビ方面へ。何ができるのだろう。商店街の名前も、昔はフジテレビ通りだったのが、あけぼの橋通りに変わっており、防衛庁移転歓迎とかいう幕が掲げられていた。そういえば六本木にあった防衛庁がこちらに移転するのだった。

四谷三丁目と信濃町の間を歩いていたらすべての電柱に聖教新聞と書かれていた。訝しく思ったら、何のことはない、すぐそこに聖教新聞の本社があるのだった。それだけでなく、このあたりには創価学会・公明党関係の建物がいっぱいある。指輪物語でいうと、モルドールに単身乗り込むフロドの心境だった。

結局、信濃町まで歩いた。7.5km。

そのまま中央線で秋葉原に向かった。パソコンがおかしいのはマザーボードのせいではないかとぼんやり思っていたので、いろいろ見て回る。PentiumIII、Celeron用のマザーボードの半分以上がIntelでなくVIA製のチップセットであることに今さらながら驚く。でも、性能的には若干劣るし、古い周辺機器との組み合わせは問題ないだろうが、ぼくみたいに新しいハード好きの人間にとっては互換性の問題が心配だ。

MicroATXのケースに心を動かされた。小さい。特に奥行きがないのがいい。マザーボードとペアで買ってしまおうかとも思ったが、この期におよんで、ソフトウェアの問題という可能性が残っていることに気がつく。まだ修復インストールを試していないのだ。というわけで、何も買わなかった。

家に帰ってから、修復インストールを試したが、やはりだめだった。仕方ないので再インストール。これは成功した。よくわからないが、ソフトウェア的な原因だったようだ。すべてのソフトウェアをインストールしなおさなければならないので、これからまた時間がかかる。今日のところは最低限必要なものだけにするつもりだが。

いろいろ試行錯誤する中で、DVD-ROMドライブを現在使っているリコーのDVD・CD-R(W)兼用のMP9060Aから以前使っていたDVD専用のものに付け替えていた。MP9060AではDVDの音や画面が途切れるという症状が出ていた。せっかくなので、その状態のまま、DVDの再生を試していることにした。非常になめらかに再生できた。昨日買ってきて使い物にならないと思い込んだソフトDVDプレーヤー「SoftDVD MAX 2000」でも全然問題ない。Dolby Headphoneも試してみた。派手にDolby Digitalの効果が使われているソフトを持っていないので、まだあまり実感できないが、人の声はとても聞きやすい。CD-Rはあまり焼かないので、MP9060Aに戻すのがばからしくなってしまった。しばらくはこのままにしておこうと思う。

テレビなど見ずに淡々と作業していたが、復活したパソコンでasahi.comを見たら、うちの選挙区からは森田健作が当選したとのこと。結局ぼくの一票は無駄だったようだ。

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