12時ごろに一度意識を回復したものの、そのまま二度寝をきめこんでしまい、再び目を覚ましたのは1時半。人によってはその日にやるべきことをすべて済ませている時間だ。それからメールのチェックをしたり、Rio500の曲を入れ替えたりして家を出たのは2時半すぎだった。
ちょうど一ヶ月ぶりの散髪をすませたあと、東京駅へ。8月に入ってはじめてだ。さっき床屋の鏡で見た自分の顔がかなり疲れているようだったので、ステーキを食べることにした。この前食べたときより若干肉が筋張っている感じがしたが、まあこんなものだろう。おおむね満足して勘定を払ったら、おつりの中に二千円札が入っていた。苦節一月以上、ようやくこの目で見ることができた。裏にみみずがのたくったような文字でなにやら書いてあったので、一瞬落書きかと思ったが、そうではなく印刷のようだ。何と書いてあるのだろうか?読めない。
さて、散歩だ。JRの改札の前で、路線図をみながらよくよく考えた末、錦糸町に決めた。電車の中で突如、市川にいってみたらどうかとひらめいたりもしたが、時間がおそかったのと、おそらくほとんどの時間歩くことになる郊外のさみしげな住宅地のイメージが脳裏に浮かんでちょっと今日の気分じゃないと思ったのとで、結局当初の予定通り錦糸町でおりた。
錦糸町は祭りだった。というよりお隣の亀戸天神の祭りなのだが、錦糸町も氏子の圏内らしいのだ。そのせいかどうか、大勢の人でにぎわっていた。そのにぎわいを背中にしょって散歩に出発した。
「恩賜公園」という言葉が名前に含まれているマンションを発見した。この辺りで、恩賜公園といえば上野ではなく猿江恩賜公園のことだ。地味だがそこそこ広い公園ではある。最近ごぶさただったので、たまにはいってみようかと思ったが、正確な場所を把握していないため、いきつくことができなかった。まあ、また今度のお楽しみだ。
半分迷いながら大島の街へ。小名木川貨物線の線路の下をくぐる。新小岩から亀戸まで総武線と平行に走った後、ほぼ明治通りに沿うような形で新砂方面に南下している。ぼくはいまだかつてここを列車が通っているのを見たことがない。なんだかとても物悲しい感じのする路線だ。旅客化すればおもしろいと思うのだが。
新大橋通りと小名木川にはさまれた地域をひたすら東に向かう。小名木川は江東区を西から東へ横断している川だが、このあたりにくると極端に橋の数が減る。丸八橋から番所橋までは780mもある。結局小名木川を渡れないまま、中川大橋をわたり大島小松川公園にたどりついた。昔は風の広場と呼ばれていた公園だ。その名の通り、眼下に広がる広大な荒川からとても強い風が吹いてくる。冬にはつらい風だが夏の今はとても心地よい。風を受けながらしばらく休憩する。
近くに若い母親と小さな子供の二人連れがいた。母親の方は携帯で電話をしている。子供は荒川を見て、しきりに海だ、海だと騒いでいた。ほんとうにこの川が放水路、つまり人工的に掘った川なんて信じられない。しばし、もし川が掘られなかったときの風景を想像してみた。
6時近くになると少しずつ空の色が青みがかってきた。夏のさかりには考えられなかったことだ。そんな空の下を、南砂町まで歩いた。8.5kmだった。今日はなんだか、歩いていて高揚感を感じることができなかった。日曜日というだけでも祭りのあとのようなさみしさがあるのに、今日歩いた江東区の東のあたりにも独特のさみしさがある。さみしさの相乗効果のせいだろうか。
東西線に乗り込み、大手町で丸の内線に乗り換える。一駅先の淡路町でおり、目指すはスターバックス。いつものようにフラペチーノでのどを潤した。
秋葉原の電気街は閉店準備中の時間だった。何とか、『パパと呼ばないで』の3巻を買うことができた。懐古趣味といわれようとも、面白いものは面白いのだ。

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