あつい、あ黌鵈。文字化けするほど暑い。外に出たとたん、四方からどうしても笑えない冗談を浴びせかけられているようなつらさだった。一歩歩くごとに体力を消耗する。ドラクエ的にいうとダメージ床を歩いているようなものだ。思わずトラマナの魔法をかけたくなった。ちなみに、ぼくはまだドラクエVIIは買っていない。
まず今日開店したツクモ蒲田東急プラザ店をのぞいてみることにした。予想外の狭さで驚いた。蒲田東急プラザ自体あまり広くないが、その一つの階を本屋が半分くらい占めており、残りをCDショップと分け合っているので、なんだか無理矢理開店したような印象だ。扱っているものもいわゆる箱物、メーカー製の製品が中心で、自作系のパーツは数えるほどしかなかった。もちろん期待していたコンピュータのケース類もない。今ひとつ使えない店だ。
散歩は自殺行為なので、今日は新宿あたりをぶらつくことにした。食事は前々から気になっていた「三国一」といううどん屋。ほうれん草サラダうどんというのを注文した。ちょっと酸味のある冷たい汁が、こしのあるうどんとマッチしておいしい。具のほうれん草とベーコンという組み合わせもなかなかだ。これはあたりだった。
さあ、食事の次は冷たいもの。今日こそドトールのフローズンカフェモカを飲もうと思ったが、今度は準備中だといわれた。これで3度目になるが、いついっても売っていない。電波系の人ならば、フリーメーソンの陰謀を疑いはじめるだろう。ぼくは有線系なので、日本相撲協会の陰謀くらいにしておこう。代わりにスターバックスでランバフラペチーノを飲んだ。
今、東急ハンズでは、年に一回の大バーゲン、ハンズメッセが開かれている(9月3日まで)。すごい人出だった。何かおもしろいものはないか、各階をいろいろ見て回る。大きな紅茶ポットが2800円。寝返りを打っても首筋にフィットするという枕が980円。気持ちよさそうなクッションが580円。どれも少し魅力的だったが、荷物になるのでやめておいた。
夫婦らしい男女二人連れの男の方が女の方を説得している。「明日来たら交通費が往復300円かかるから、今日買っちゃおう」。どういう状況でこの台詞がでるのか、そのときはぴんと来なかったが、おそらくは、「今日何か別の用事で、新宿にやってきた。その用事はまだすんでいない。今、ここで買ってしまうと荷物になるので邪魔だ。でも、明日またくるなら、交通費が余計にかかるので、せっかくバーゲンで買う意味がない」ということではないだろうかと一人納得する。
初台の東京オペラシティアートギャラリーに『テリトリー:オランダの現代美術』を観にいく。今年は日本とオランダの交流400周年にあたるそうなので、オランダ関係の様々な展覧会が開かれている。大阪でやったフェルメール、上野のレンブラントは観にいったので、ついでにコンテンポラリーなのも観ておこうと思ったのだ。新宿から初台なら普段なら歩いてしまうのだが、今日の気温では無理。もちろん電車に乗った。
最初の作品は、ビック・ファン・デル・ポル『スリープウィズミー』。暗くされた部屋の中で、何が写っているかよくわからない古いモノクロフィルムが上映されている。床には畳がしかれ、籐の枕がいくつも置かれていて、何人かが寝転がっている。この暑さですっかり疲れてしまっていたので、ぼくも寝転がらせてもらうことにした。若干不安もあったので、一応その前に、手元のパンフレットでこの作品のコンセプトを確認した。上映されているのはアンディウォーホールの初期の作品で、5時間21分もただ眠っている人を撮り続けた作品らしい。じゃがいものように見えたが、そういわれてみれば人間の背中に見えないこともない。映画の中に写っている「眠っている人」を見ている観客が自分も「眠っている人」になって、見られる側に回るという、見る人と見られる人の境界があいまいになるのが、この作品のテーマだそうだ。説明を読まなければわからないところだった。見る人と見られる人というテーマは決して新しいものではないので、どうせやるなら、もっと直接的な形で、自分が見られる側にまわっていることをわからせてほしかった。まあ、でも、ぼくはそんなことおかまいなしに、手足をでんと投げ出して、しばし休憩させてもらった。新しい畳の匂いと枕の硬さが心地よかった。午前中からやってきて午後遅い時間までこうやって過ごせたらさぞ快適だろう。
そのほかの作品をいくつか紹介しよう。マーク・マンダース『静かな工場』。雑然とした作業場のように家具や道具が配置され、椅子の上には猫が眠っている。というより、死んでいるように見える。説明を読むと、「今は死んでしまった愛しい白猫に命を吹き込もうとする工場」と書かれていた。猫はほんもののように見えたが、まさかほんものの猫の死体ということはないだろう。猫がいつか生き返ることを願いつつ次の展示へ。
四角い砂場の上で、男女二人が笑いながら何かゲームをやっている。ジャンヌ・ファン・ヒースウェイク『線を引こう』。パンフレットによると一種の陣取りゲームらしい。誰でも参加できるわけではなく、その二人が延々とやりつづけるのだ。多分、本職は役者か何かだと思うが、同じことをずっとやるのは、さぞ退屈だろう(もちろん食事をしなければならないので、少なくとも二交代制だとは思うが)。客がいないときに、物陰からこっそりのぞいて二人がちゃんとゲームを続けているか見てみたい。
ヨープ・クルワイン『より高いゴールへ』。これは観客参加型。床に黒い穴が開いていて、トランポリンになっている。ぼくは運動神経が不自由なので、やめておこうと思ったのだが、一歩前に踏み出したら床がグニュッとへこんだ。そこからトランポリンになっていたのだ。ぼくは驚いて「'''はぐっ'''」と声を出してしまった。恥ずかしかった。
マーク・マンダース『真新しい日を始める素敵な方法』。長さ15cmくらいのちょっとしたおもちゃ。下のスポイト部分を握ると、上にある脳みその絵が勢いよく飛び出す。
さて、本来の目的のオランダ現代美術はこんなもので、期待はずれとはいわないまでも、今ひとつだったが、併設されている「心象の領域」という展示と、「今野尚行展」は面白かった。
「心象の領域」は現代の日本人画家の幻想的な具象画を集めたもの。野又穫の絵はエッシャーのような不思議で壮麗な建物の絵。人は全く登場しない。河内良介は、鉛筆で博物図鑑のような細密な絵を書く。奥山民枝の絵は対照的に、エロチックなやわらかい曲線で構成されている。小杉小二郎はパステル調の淡い色調で、エドワード・ホッパーをメルヘンチックにしたような絵を描いている。
今野尚行の絵はかなりミニマルだ。一見抽象画のようだが、よく見ると、カーテンとか、せっけんとか、リラクゼーションマスクとか、食パンとかを描いた具象画なのだ。ユーモアセンスが光る。
外に出たら、地面がぬれていた。雨が降ったようだ。でも、一向に涼しくならない。また新宿に戻って、また、東急ハンズや紀伊国屋書店をぶらぶらする。雑誌『東京人』『シアターガイド』10月号を買う。両方とも毎月買っている雑誌だ。
代々木まで歩いて、運試しにもう一度ドトールコーヒーでフローズンカフェモカを頼んでみた。さすがに4回目なので、「フローズンカフェモカありますか?」ときいた。そうしたら、あたりまえのような顔で「はい」といわれた。ようやく飲むことができた。聞いていたとおり、若干苦めでおいしかった。ひょっとしたら、「ありますか?」と聞くのは一種の合言葉のようなものかもしれない。これからドトールでフローズンカフェモカを注文をするときは必ず「ありますか?」と疑問形で聞くことにしよう。

コメントする