夢とうつつの境をいききしながら、鈍い頭痛を感じていた。きっとまだ朝早くて眠りが足りないせいだと思って、もう一眠りしようとがんばってみたが、痛みはなかなかてごわくて無理のようだった。しかたなく目を開けて時計を確認すると、もう2時。寝すぎだ。
出かけたのは3時過ぎ。頭は相変わらず痛かったが、散歩をやめるほどではない。昼食は蒲田東急プラザの家族亭で鴨せいろ。おいしかった。
多摩川線に乗り終点の多摩川で目黒線に乗換え。階段を駆け上がったら頭がずきずきと痛んだ。今日は羽毛が地面に着地するときのような軽やかなステップで歩くことにしよう。
西小山で降りて散歩開始。隣の武蔵小山には比ぶべくもないが、庶民的でそれなりににぎわった商店街を歩く。商店街が尽きたところで右折。一度も歩いたことのない道のような気がしてわくわくしたが、すぐに記憶にある小学校の建物を発見した。やはり、このあたりはほとんど歩き尽くしている。
学芸大学に続くバス通りにぶつかる。歩道橋の上から今まで歩いてきた道を振りかえって、そのあまりのまっすぐさにくらくらした。
林試の森公園の中に入った。広場。夕暮れの空を隠すように木の枝が覆い被さり、街灯の人工的な光が地面や木の葉や人を照らし出す。サンクチュアリ的な風景だ。
園内を流れる小川を越える橋のたもとにいくつかのベンチがあった。手前のベンチには先客の黒猫がいる。ぼくは邪魔をしないように隣のベンチに座った。猫は眼光だけは鋭いものの、やつれているように見えた。身じろぎもせず、ただ、その場で死が訪れるのを待っているようだった。首輪をつけた別の猫がやってきてベンチのそばの茂みの中にしゃがみこんだ。友だちに別れをいいにきたのかもしれない。というようなことを考えていたら、寂しい気持ちになったので、立ち上がって再び歩き出す。
目黒不動裏手の三折坂という坂をのぼる。三つに折ったように曲がっているのでそういう名前がついたらしい。目黒駅を越えて首都高にぶつかる。首都高沿いの歩道は隔絶されていて、廃墟の中を歩いているような不思議な感じがする。
ガーデンプレースのあたりを歩いているつもりがいつの間にか広尾についていた。7kmちょうど。
神保町に行こうと思った。広尾から神保町にはどういくのが一番早くて安いか、ぼくの頭の中で一生懸命検索してみたが、営団だけでいくにはどうしても2回は乗換えをしなければならない。日比谷線で霞ヶ関までいって、丸の内線に乗換えて赤坂見付、永田町まで少し歩いて半蔵門線で神保町。乗換えだけでくたびれた。
神保町。昨日見つけた、Robert Frostの“The Road Not Taken”の訳の細部を確認しようと思った。探している途中、E.E.Cummingsの詩集の訳を見つけて手にとってみたが、明らかに誤訳というのを見つけて、気分が萎えた。仮に“The Road Not Taken”の訳が見つかっても、そのまま信用はできないだろう。結局あきらめて岩波文庫の『アメリカ名詩選』を買った。Robert Frostのほかの作品もいくつか載っている。もう一つ、久々に雑誌東京人を買った。特集は「中央線の魔力」。何年もずっと買っていたのだが、ここ数号は特集が、「野球」、「大学」、「落語」だったので、買うのをやめていた。
小川町のスターバックスで休憩。へーゼルナッツパウダー入りのカフェモカを飲んだ。激しくおいしい。さっき買ったばかりの本と雑誌を読みながら、いつもより長居をした。
外に出ると黒い雲のすきまからまんまるな月が顔を出していた。雲は動きを止めて墨を一筆刷いたような模様を留め、まるで水墨画の中の光景のようだった。
そんな月を見上げながら秋葉原まで歩いて帰路についた。

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