田無ワルツ

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季節の変わり目は着ていく物に迷う。春にどんな格好をすればいいのかをすっかり忘れているため、つい冬の服装で出かけてしまいそうになる。優柔不断のストリッパーのようにそこから一枚一枚はぐべきかはがざるべきか、気候と相談しながら、服装が決まっていく。

まず、新宿に向かう。山手線の電車の車掌がまた女性だった。前回は艶やかさのある声だったが、今日は初々しさの残るフレッシュな声。当然、ちがう人だろう。こちらはこちらでまたよい。

食事は新宿で。秋葉原に本店がある肉の万世の支店に入る。カルビ焼肉のランチを食べた。牛肉をまともに食べるのは久しぶりだ。

田無にいこうと思った。先週の土曜日の夜に見た田無の街がきらきら輝いてとても魅力的だったからだ。その日も同じ理由で国分寺から歩き始めたので、このところ土曜はしりとりで行き先が決まっていることになる。(実は田無から歩き始めたもう一つの理由は、タイトルに使いたかったから。くだらないのはわかっているが。)

西武新宿から準急に乗り込んだ。準急は上石神井から各停になるので田無までは30分弱くらいかかる。着いたのは4時ちょっと前だった。前回電車に乗った北口とは反対側の南口から歩き始める。しゃれた店や大型店の多い北口とはちがって地味な個人商店ばかりの商店街をあっという間に通り抜ける。駅前には市役所。元田無市役所だが今は西東京市役所の田無庁舎。保谷市と対等合併したので、市役所も対等の扱いらしい。ところで田無という地名の由来は「まわりに田がないから」というのが有力らしい。ちょっとあんまりな由来だ。

武蔵野市桜堤という町から小金井公園の中へ。家族連れで相変わらずの人出。桜がもう八分咲きくらいだった。

正門から外に出る。歩道橋で五日市街道と玉川上水を一度に越えて、細く静かな道に入りこんだ。道沿いに浴恩館公園という公園があった。下村湖人の『次郎物語』の舞台となったらしい。昔感想文か何かのために読んだが、もう全く覚えていない。あまり本を読まない大人が子供に薦めるような本のような気がする。仙川が公園の中を通っている。水は全く流れておらず、川というより溝だ。そのあたりの町名は小金井市緑町。

武蔵小金井と東小金井の間の踏切を渡る。行く手に手すりが見えその周りに建物らしきものが見当たらなかったのでてっきり川だと思ったが、近づいてみると水は流れていない。川床には工事の車がどっしりと居座っている。川の名前は野川。野川にしろ仙川にしろ、世田谷では豊かな水量をほこる川がこのあたりではみな干上がっている。

久しぶりの多磨霊園。あのときと同じようなテューバの音が今日も遠くに響いている。その音に招きよせられて、同じ場所へ。前回ジャケットだったテューバ吹きの男性は今日はジーンズと青いシャツというラフな格好。演奏している曲はまったく聞き覚えのないものだ。というより、管弦楽曲のテューバのパートだけ聞いて曲名をあてられるほど、聴きこんでいない。しばし、目を閉じてテューバの音に震える空気を感じてみた。

霊園を出て、京王線の多磨霊園駅を目指して歩く。駅名は多磨霊園だが、距離にして2kmもあるのだ。霊園の最寄の西武多摩川線多磨墓地駅が多磨駅に改称したが、本来は京王線の方が改称すべきだった。

途中に府中市紅葉丘という地名。桜堤からはじまって、緑町、紅葉丘と、春、夏、秋を歩いたことになる。あと、雪見なんとかという地名があれば四季すべて踏破したことになるのだが。9.8km。

京王線の車掌はまたしても女性。だが、ちょっとぶっきらぼうな口調だ。それがおかしいというのではなく、男性の車掌と同じなのでむしろ自然であるともいえる。比較すると、山手線の女性車掌の方はNHKのアナウンサーのような口調であり、そこに違和感を覚えて、つい聞き耳をたててしまうのかもしれない。

明大前で井の頭線に乗り換えて渋谷に出た。ブックファーストで、マーク・ストランド『犬の人生』(村上春樹訳)を買った。ちょっと変わった短編集。ポール・オースター以外の本を読みたくなったので。

久々にスタバに入った。抹茶クリームフラペチーノという新メニューが追加されていたので、ためらうことなく注文。ちょっと甘めだがおいしいかった。

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