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横浜散歩は横浜の中心部を歩こうというものなので、港北区ということになると、もともとの意図からははずれてしまうかもしれない。

大倉山あたりを歩こうと思っていたが、いくつかある目的地を効率よくまわる関係上、一駅手前の綱島から歩き始める(と書くとぼくがいつも計画をたてて歩いているようだが、それはむしろ稀なことだ)。綱島駅前のごみごみした感じはあまり好きではないので、さっさと大綱橋を渡って鶴見川を越える。今日は陽射しがさんさんと降り注ぎ気持ちいい。

ちょっと迷いながらも、上にあがる坂をみつけて(大倉山というだけあって高いところにあるのだ)、大倉山公園にたどりついた。当然のように息が切れる。公園の中はアップダウンの激しい地形で、下のほうに疎らな枯木の林がある。それらは梅の木で、二月になると美しい花を咲かせるはずだ。そのころまた来よう。

大倉山公園のランドマークといえば大倉山記念館。建築当初は大倉精神文化研究所という名前で、その名の通り一風変わった西洋建築だ。昔一度か二度来たことことがあるがそのときは不気味という印象だった。今こうして見てみると、なかなか味があっていいなと思う。

中に入ってみた。最上部の窓の周りに獅子と鷲の像が交互に配置され、いかめしい顔でこちらを見下ろしている。せっかくなので中で開かれていた展覧会を観ることにする。銀杏の会という集まりの展覧会。順路の最初の方にあった秋山代治郎という人の作品はよくまとまっているなと思っていたら、受付のところにいたかなり年配の男性が「秋山さん」と呼ばれていたので、多分その人が会の代表的な立場の人なのだろう。

大倉山駅に到着。今から人生半分くらい前に毎日通っていたところだが、それ以来とんとご無沙汰していた。今日は、ちょっと回想にひたりながらそのときの道筋をたどってみることにした。

駅前の商店街にはいつの間にか歩道ができていた。店は何となく記憶に残っているのもあれば、すっかり様変わりしてしまったものもある。どこかで曲がるはずなのだが、どこで曲がればよいかすぐにはわからない。なんとなくそれらしい曲がり角を発見。向こうには中学校の校庭を囲む緑色のネット。それには確かに見覚えがあった。そう、その風景。何度か夢の中に登場しているような気がする。だが、その当時にはなかったマンションが出来ていたり、空き地がなくなっていたりして、街はまるで夢でもみているようにその表情を変え続け、結局通学経路からはずれて道一本はずれた場所に出てしまった。街並が跡形もなく消え、記憶も跡形もなく消える。

歩きながら、昔のことを考えた。そのころのぼくは今よりもっと屈折していたけど、なんでもできるような気がしていた。そのせいで今から思えば恥ずかしくて仕方がないこともあるけど、未来だけはたっぷりあった。

学校に到着。校門のところから校舎を見てみたが、どんな記憶も湧いてこなかった。そこで回想は終わり。この先はまったく知らない道だ。

再び鶴見川を渡ると、その先には市営地下鉄の新羽駅がある。地下鉄なのに高架だったので驚いた。無論、昔は駅なんて影も形もなかった。

曲がりくねった道をうねうねと新横浜目指して歩く。100円の自動販売機があったので、おそらくほかでは買えないと思われる茶瑠という、青地にファッショナブルな女の子の下半身が描いてある(と書くと、なんかエロティックが全然そんなことはない)茶を買った。すぐそばで作られているらしい。香ばしかったが、まあ普通のお茶だった。

三度鶴見川を渡って、横浜国際競技場へ。新横浜まではもう一頑張り。9kmちょうど。

しばらくぶりに横浜市営地下鉄に乗ってみることにした。初乗りが200円で、横浜までは230円もかかる。ちょっと高い。

横浜で食事。杵屋といううどん屋で、チーズもちカレーうどん。食べ応えがあっておいしかった。

冬物の服を買おうと思った。まずユニクロにいったが、色合いが、部屋には飾るのには悪くはないが、自分が着るのはちょっと、というものばかりだったので、やめて、ほかの店にいくことにした。とはいうものの横浜は勝手がわからず右往左往。なんとか無印良品を発見して、二、三、散歩するときに寒くないような服を買い込んだのだった。

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