巡り合わせでいえば横浜散歩なのだが、渋谷のBunnkamuraでやっているエッシャー展の最終日なので、そちらに向かう。タダ券があるのにすっかり忘れていた。
駅に着いたところでパスケースを忘れたことに気がついた(実は最近かなりの頻度で忘れているのだが、ここでそれについて触れることすら忘れてしまうので明るみに出ていない)。Suicaやらパスネットやらが入っているので、ないと切符を買わねばならずとても不便だ。Suicaのありがたみを実感する。
Bunkamura到着。地下に降りると、ミュージアムの前には長い行列。混んでいるとは聞いていたが、まさかこれほどとは。一瞬、気分が萎えかけたが、それはチケットを買うための行列で、券を持っている人はそのまま入れるようだ。特権的カーストに属した気分になって、行列を横切って入場。やれやれと思っていたら、館内にも行列ができていて辟易とした。だが、係りの人が並ぶ必要はないですと教えてくれて、行列は解体。日本人は行列好きで困ってしまう。
忘れておいてなんだが、エッシャーの作品の大ファンだ。主要な作品はほとんど見ていると思う。今回の展覧会ではそのほとんどを見ることができた(ないのに気がついたのは『カストロバルバ』くらい)。当然のようにエッシャーの年譜が書かれていたが、ああいう作品を書く人にも生の人生というものがあったのが意外な気がした。生とか死とか、愛とか憎しみとか、そういうものから超然として生きていた人のような気がしていた。
エッシャーの絵は細部まで緻密に描かれているので、時間をかけてじっくり見たくなる。あの遠くの家にはどんな人が住んでいるとか、左手の階段に腰掛けている若者の趣味はなんだろうとか、想像にふけるのも楽しい。写実的すぎるほど写実的なのは、逆に思い切り想像力の翼を広げたかったためのような気がした。小説でも、不思議な題材を取り上げる場合は、視点を極々ノーマルな人物においたりするものだし。
どの作品もすばらしく、満喫したところで、ミュージアムショップで何か買おうと思ったが、図録は売り切れで、ポストカードもほとんど残っていなかった。
外に出たら、行列はなお一層伸びていて、一時間待ちになっていた。
アートを見ようという気分が高まってきて、もう一つ、今度は新宿でやっている『スーラと新印象派展』という展覧会にいくことにした。損保ジャパン東郷青児美術館にいくのははじめてなのでちょっと迷った。直通エレベータで42階に向かい、まず窓から東京のパノラマを見て、それから観覧開始。
「スーラ」という名前を頭にもってきてはいるが、彼自身の作品は12点しか展示されておらず(32歳で死んでしまったのでもともと作品が少ない)、代表作の「グランド・ジャット島の日曜日の午後」も来ていなかった。だが、そのほかの画家の作品を含めてとても見ごたえのある展覧会だった。ポール・シニャックやカミーユ・ピサロなどの有名どころや、今まで名前を聞く機会のなかったルイ・アイエやマクシミリアン・リュ-スなどなど。特にリュースの「ルーヴルとカルーゼル橋、夜の効果」が素晴らしかった。従来の印象派から脱却するために科学的な色彩理論を打ち立てたということだが、見る側からわかりやすいのは点描という技法。青いものを青く塗るというのではなく、さまざまの色の点の集まりで青いものが描かれる。ある瞬間の光のきらめきをそのまま絵の中に閉じ込めたような感じだ。
常設展示されているゴッホの「ひまわり」を見る。やはり、まともな神経で描かれた絵ではない。
ミュージアムショップでポストカードを買おうとしたが、気に入ったものはあまりなかった。ぼくの気にいった絵はポストカードにならないという法則ができつつある。それでも二枚だけ見繕った。
外に出るともう夕暮れ。昨日買ったデジカメを持ってきていたので、新宿西口近辺を歩き回って、だめもとで写真を何枚か撮ってみた。
食事がまだだったので、ミロードのヘルスマジックという店で、帆立のソテーを食べた。名前の通り健康志向ということなのか、料理も味噌汁も塩分が極端に少なかった。塩辛いものが苦手なぼくではあるが、それでももう少し濃い方がいいように感じた。
サザンテラス、タイムズスクエアの方にいって写真の続き。サザンテラスで小さな塔のようなモニュメントがあって、そこに行列ができていた。並んでいるのはカップルばかり。それもそのはず、その中に入って何かをすると、祝福の鐘がなるらしい。何度も何度もその音が鳴り響いていた。
撮った写真を確認してみたら、意外なほどいい出来。結構才能あるじゃんと、悦に入る。

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