散歩のコースがこのところ著しく西にずれていたということもあるのだが、そうでなくても足立区、特に町名に千住という名のつかない荒川の向こう側はほとんど歩くことはない。頭の中の散歩地図にも一部を除いて巨大な空白が広がるばかりだった。ということはそこには未知の鉱脈が埋まっているということもできるわけで、歩こうと思ったそのときから遠足に向かう子供のような妙に浮ついた気分になってきた。
半蔵門線に乗るため東京駅から三越前まで歩く。5分ちょっとの距離だ。橋のところに「乗り場」と書かれたカードを首から背中にところにさげたスレンダーな若い女性が静かに川を見つめていた。何人かの年配の男性が彼女に道をたずねていた。おそらく「乗り場」から何らかの乗り物に乗り込むのだろう。場所からしてたぶん舟だろうけど、飛行船でもいいわけだ。今日は気持ちいい風の吹く飛行船日和の日だった。
来た電車は東武線への直通で、半蔵門線の終点押上を過ぎると、曳船、北千住、西新井と停まってゆく。西新井で乗り換えたのは大師線という二両編成で一区間だけのローカル線。西新井の駅の構内に中間の改札がある代わりに向こう側の大師前駅には改札はない。いわば大師前の改札が出張して西新井の駅の中にあるわけで、たとえば新宿駅の改札が忽然と渋谷の駅の中に現れたようなものだ。
ことこと進む大師線の電車に旅情をかきたてられた。蔵のような大師前の駅舎をあとにまず西新井大師の境内に向かう。実は西新井には何度か来ていて、大師線に乗るのもこれが二度目なのだが、不信心ものなので西新井大師に入るのはこれがはじめてだ。境内は思ったより広くなかったが、池が周囲に配置してあって、あたりにはたくさんの人たちがくつろいでいた。
本殿の階段を上り賽銭を投げ入れてなにごとか自分の世界についてクレームをつけてみた。それが今年の初詣。不信心極まれり。横手では、屋根と細い支柱だけの急ごしらえの小屋の天井にたくさんの風鈴をぶらさげて即売会をやっていた。吹き渡る風に反応して軽やかな音色が響く。天上ならぬ天井の調べだ。
裏口から出て歩き始める。商店街を右に曲がって歩道の整備された中程度の道を東へゆく。そう今日目指すのははるか東の地だ。極彩色の鳥ばかりを集めたペットショップを通り過ぎると、町名が、栗原だの島根だの平野だの都心では見たことも聞いたこともないローカルなものに変わり始めた。街並もちょっとくすんでいる。だが、そんなことおかまいなしに今日は最高にいい気分だった。多分風のせいだろう。ヤマダ電機のところで日光街道を越え、首都高が三半規管のようにぐるぐるうずまいているあたりで綾瀬川を渡り、千代田線の車両基地を渡るおそろしく高い歩道橋を渡って、なおも東に向かいながらもつきあたりにぶつかるたびに北の道を選んだ。あちこちで盆踊りのミュージックが鳴り響く中、いつしか中川のほとりにたどりついた。目の前には茫漠とした水面が広がるばかりで、はるか北方をすかしてみても橋の影すら見えず、結局は南方、飯塚橋まで戻ることになった。
橋を渡って、水元中央公園というところで、見慣れない鳥を発見した。水色の羽、黒い頭、長い尾。オナガに間違いない。実物を見るのは初めてだ。見上げると橋を渡るときから自己主張していた巨大なオブジェのような塔が雲の切れ間から差し込んできた夕陽に光っていた。よく見るとらせん状の階段が鋸の刃のように細かくついていて、無性にあそこに登りたくなった。
住宅地を抜けてようやく水元公園に到着。まぎらわしいが、さっきオナガを見たのは水元中央公園で水元公園とは全然関係ない中程度の公園だ。こちらは水辺の広大な空間。あの水の向こうは埼玉だ。何キロも何キロもひたすら歩いた末にたどりつく場所としては最高にふさわしい場所。ベンチに座って風を感じていた。首を仰向けにして、雲の合間の青空を見る。あそこに夏があるんだな。そうしているうちにだんだん寒くなってきた。
水元公園のバス停で散歩終了。11.4kmだった。来たバスが小岩行きだったのでそのまま終点まで乗ってしまうことにした。
小岩で食事。トプカというカレー屋でキーマカリーとコーヒーを注文。880円+150円。挽肉主体のルーのまわりに島を取り囲む海のようなスープ上のルーがあって、適当にまぜて食べるようだ。スパイスがきいてかなり辛い。つけ合わせのミネストローネのトマトの甘さがちょうど辛さを中和してくれた。

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