ダカーロ

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夏がきてしまった。それは悪いことばかりではなくて、喉がかわいて頭に水のイメージを思い描いているとき、そしてそれを実際に流し込むとき、感じているのは多分生きている実感というやつだ。

久々の土曜の休日。なんだか街もいいけどアートもね、という心持なので、渋谷のBunkamuraでタダ券を使ってフリーダカーロ展を見る。フリー・ダカーロかフリーダ・カーロなのか名前をどちらで切るのが正しいかすらわからなかったが、とりあえず後者が正しいことはわかった。展示されているのはフリーダ・カーロをはじめとするメキシコの女性シュールレアリスト5人の作品(プラス仲間の女性写真家がとらえた彼女たちの姿)。フリーダ・カーロの作品は自画像が多く、どれもうっすらと口ひげをたくわえて、女性というより壮年にさしかかった元男性アイドルみたいに見えてしまう。シュールレアリスムは現実ではない幻想の世界を描くものだが、その幻想が結局自分という存在から離れられないようなところもあって、フリーダ・カーロの作品そのものはあまり好きになれなかった。

代わりに気に入ったのが、レメディオス・バロの作品。大島弓子のコミックに出てくるような珍妙なキャラクターがでてくる。菜食主義者の吸血鬼がストローで果物の汁を吸っていたりとか、椅子に座りつつその椅子に擬態している女性とか、三日月を籠に閉じ込めて、夜空から奇妙な管を使って集めた星屑をエサとして与えていたりとか。あとで写真を見たらこれらの女性に出てくる女性たちの顔はレメディオス・バロ自身にそっくりだった。このほかレオノーラ・キャリントンも好きだ。

聖蹟桜ヶ丘あたりまで繰り出して多摩ニュータウン方面を歩こうかなんて考えていたが、時間も時間なので調布から相模原線に乗り換えて京王多摩川でおりてみる。多摩川の沿岸には「多摩川」と名のつく駅が3つあるが、そのうちもっとも上流にあるのがこの京王多摩川だ(ほかの2つは東横線の多摩川と、小田急の和泉多摩川)。乗降したことも近くを歩いたこともない。降りてみると川沿いらしいちょっと寂しい駅前だった。5時を過ぎていたので隣の京王フローラルガーデンという有料の庭園はもう閉園していた。

大きな川に近づくと街は街であることを半ばやめてしまう。道路の舗装がところどころ崩れたままほったらかしだし、人は自分の足で歩かないかあるいは人知れずこっそりと歩く。そういう街をぼんやり歩いていたらいつの間にか多摩川沿いの道路に出た。このぼんやりがあとあと禍根を残す。

川沿いの道路を歩いていたら、後ろからきた自転車が踵にぶつかってきた。乗っていた女性は「すいません、すいません」と謝ってくれたが、女性の姿が見えなくなるまで痛かった。多摩川原橋という橋があったが、それは渡らず鶴川街道を逆方向に進んだ。しばらく歩いたところで左折。東宝日曜大工センターの前の道へ。

くねくね曲がりながら中央高速をくぐり飛田給の駅前へ。それにしても味の素スタジアムという名前はどうにかならないか。あの外壁がすべて味の素の微粒子を固めてできているような気がしてくる。

警察大学校と養護学校の間の並木道を歩く。自転車に乗った警備員(味の素スタジアムの警備員?)が律儀に自分の受け持ち範囲と思われる道路をいったりきたりしている。暇をもてあましているのかもしれない。その道は静かで、風に木がそよいで、とても気持ちよかった。葉が色づいて地面を覆いつくすところが想像できそうだった。

東京外語大の前を通り過ぎると、横手に西武多摩川線の多磨駅が見えた。疲れたので、そちらに惹きつけられるように歩いていった。7.1km。カード類が使えないので久しぶりに切符を買う。当然のように吉祥寺まで。

単線の電車から武蔵境で中央線に乗り換えて吉祥寺。まずは食事で、先週きたときに開店のちらしを配っていたおはちという定食屋に入った。マヨみそ焼き定食というのを注文したが油ののった鶏肉にマヨネーズとみその入り混じった味がとてもマッチして、かなりいけた。ひじきをつけて730円。

ヴィレッジ・ヴァンガードで町田康『屈辱ポンチ』とニコルソン・ベーカー『中二階』を買った。タリーズに行こうかと思ったが、もう閉店間際だったので、スタバへ。

疲れていたので渋谷から混んだ山手線に乗る気になれず、新代田からバスに乗って帰ることにした。駅を出て空を見上げたら、絵に描いたように黄色い三日月が線路の上にぽっかり浮かんで、ちょっぴり悲しそうな顔で微笑んでいた。

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