美女木~月よりも遠く

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地図を見てたら「美女木」という地名をみつけて、これは行ってみなくてはという気になった。ちなみに「びじょぎ」と読むらしい。

埼玉県戸田市、駅でいうと埼京線の北戸田の駅前が美女木だ。冷房の利きの悪い埼京線からおりると、地名の華やかさとはうらはらに鄙びた駅前。予想としていたこととはいえ、軽い失望を感じながら、荒川方向に歩いていく。気温は高いが湿度は低いのでまだ楽だったが、それでもじりじり照りつける太陽は容赦なく体力と気力を奪い取ってゆく。地名でいうと、美女木、美女木東、美女木~丁目など、延々と美女木が続いたにもかかわらず、美女の姿は一度も見かけなかった。というよりそもそも人があまり歩いていない。バスやトラックの車庫、そして側溝。それがすべてだった。

目の前に巨大な土塀のようなものが聳えていると思ったら、土手だった。それを越えると、彩湖・道満グリーンパークという公園に入る。荒川の水量の調節のほか水道水としても使われている彩湖という人造湖のほとりにある広大な公園だ。すぐに公園に飽きて出口をさがしていると、行く手に彩湖を渡る新しそうな外観の橋が見えた。新しい橋を渡りたくなる妙な習性があるので、行き止まりに果てしなく近いような場所に連れて行かれるのではないかという不安は感じつつも、恐る恐る渡ってしまった。岸辺からは幅広の川のように見えたが、橋の上から見る彩湖はかなり広大で湖という呼び名にふさわしいものだった。

左手に外環道の橋(幸魂大橋というオカルティックな名前らしい)が見えたので、そこにのぼれることを期待しつつそちらに向かう。それにしても人の姿はほとんど見かけない。たまにジョギングする人や自転車に乗っている人が通り過ぎるくらいだ。独りぼっちは全然苦にならず、むしろ買ってでもほしいくらいの人間だが、やはりこういう状況は心細い。

いるのは虫ばかり。ダンゴムシやワラジムシを少し大きくして、体形を紡錘形にしたやつが地面をうねうねのたくっていた。上半身だけをくねらせてあたりをうかがうしぐさがグロテスクだ。何匹も何匹もかたまってみかけたが、あとで調べたらシデムシの幼虫だとわかった。不意に頭の中に「シデムシ」という言葉が浮かび、調べてみたらその通りの形の虫の写真が載っていたという天才的な才能を発揮してしまった。多分以前何かで調べてのが記憶の片隅に残っていたのだろう。

結局外環道の橋に連絡する階段はなく、うらめしく橋の下を通り過ぎた。その先はさらにものさびしい土手の上の道。左は彩湖、右手には人気のないゴルフコースがあり、その先には荒川が広がっている。行く手にぼんやり見える橋の上には月がぼんやりと浮かんでいて、その大陸というか海というかわからないが、とにかく模様がとてもはっきりと見えた。なんだか橋はその月よりはるか遠くにあるようだった。

こういうところにもホームレスの人たちは住んでいて、小屋がいくつかある。俗世間から離れて隠棲するのにはうってつけの場所なのだ。彼らが外から物資を調達するのに不可欠と見えて、それぞれの小屋の前に自転車がたてかけてあった。

人跡未踏の地をぬけて、ようやく笹目橋に到着。ようやく人里に帰ってきたと一息ついたが、今度は長い長い橋と車の洪水だ。車は街より田舎に多い。虫と同じだ。虫偏に車と書いて「いなか」と読ませようかと思っているくらいだ。

橋を渡りきったときには、もう日が落ちて夜になっていた。昼間ならまだしも夜に裏寂れた住宅地を歩くのは、裏寂れた気分になる行為だ。さらなる流浪の旅の結果、なんとか成増駅に到着。11.5kmだった。やっぱり美女に惑わされてはいけないと激しく反省した。

4月に地下鉄成増に名前が変わる営団成増から有楽町線で池袋に出た。東武の10~17階のレストラン街に行こうと思ったが、8時を過ぎてデパートの大半が閉店になり、どういけばいいかよくわからない。よくわからないままメトロポリタンプラザ7階の蕎麦屋小松庵に入ることにした。鴨せいろを注文。蕎麦の種類を小麦粉のつなぎをいれた二八蕎麦と、蕎麦粉十割の蕎麦かを選ぶことができて、十割のほうは200円ましだ。やはり蕎麦通としては十割を食べてみなければだめだろうということで、大枚1600円をはたいた。どうも今までの経験だと十割の蕎麦はぽつぽつと切れやすくて歯ごたえもあまりよくないのだが、今回も十割だからいいということは感じられなかった。喉がかわいていて味覚がばかになっていたということもいえるが。とにかく蕎麦湯をごくごく飲んだ。

スタバに入って、そのあと薬局で歯ブラシ等の備品を買い込んだ。

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