中和

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正月やら事務所移転やらで、このところずっと夢の中のような気分で会社に通っていたのだが、今週はその分たまっていたつけはそのままに予定外の負債を背負わされて、あまりにもあわただしく過ぎていった。今の心のPHを測定したらかなり酸性にふれていると思う。そういうときは散歩だ。散歩には心を中和する作用があって、荒れて酸性になったとき、ふやけてアルカリ性になったとき、どちらも効果的なのだ。

中央線の車内で座っていたら、新宿から乗り込んできた、白人男性に声をかけられた。隣の奥さんらしき女性(日本人のようにみえた)のおなかを指さして、席をかわってほしいというのだ(ちなみに、そこは優先席ではない)。おなかはかすかにふくらんでいて、食べ過ぎて苦しいというわけでもなさそうだった。何で不幸せなぼくが幸福なあなたたちに席を譲らなければいけないんですか、などということはいわずに素直に席をたちあがった。不幸せというものは多かれ少なかれ自分で選びとったものなのだ。

荻窪でおりてから、iPodを忘れて、デジカメの電池は充電したまま置いてきたことに気がついて、疲れているということを実感した。疲れていなくてもふだんからそんな感じだろうという意見は真剣に取り上げざるを得ないが。

北に向けて歩く。日大二高から、犬の糞を神聖な境内に残すなと書かれた貼り紙のある蓮華寺の門前。下井草のちょっと東側で西武新宿線の踏切を渡って、富士見台のちょっと西側で西武池袋線の高架下をくぐりぬけた。第四商業高校の前を通ってまっすぐいくと、大きなガスタンクの群が見えた。おなかがすいていたせいだろうか、それでぼくはプラスチック製のメロン型の容器に入ったメロンアイスを想像した。本物のメロンでないところが悲しい。

なんとなく石神井公園の方を目指していて、それなら左に曲がるべきだったのだが、この道をまっすぐいったらどこにでるかが知りたかった。安っぽい推理小説のように、何となく答えはわかってしまっていたのだが。

春の風公園という公園を抜ける。夏の雲、秋の陽はあるが、冬はない街。そこは光が丘だった。7.4km。

大江戸線で新宿に出た。メトロ食堂街の万世パーコーメンで食事。野菜のせパーコーメンが税込み940円だった。スープを飲み干すほどはおいしくないけど、野菜のしゃきしゃき感がいい。

ビックカメラで何気なくCDコーナーをみていたら、Håkon Austbøという見慣れない文字の人が演奏するスクリャービンのピアノソナタ集(2枚組み)が800円で売っていたので、つい買ってしまった。Brilliant Classicsという耳慣れないレーベルで、おそらく他のレーベルの古い録音を買い取って再発売しているのだと思う。CDの値段なんてそれくらいが適正な値段なのかもしれない。(帰宅後再生してみたらときどき音飛びする。プレーヤもそろそろ年期が入ってきたのでメディアのせいばかりとはいいきれないが……)。


小滝橋通りのタリーズでコーヒーを飲み、目の前の博文堂という中規模の本屋で池澤夏樹の『花を運ぶ妹』を買う。ぼくは何を運ぼう。

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