昨夜の狂騒的な風雨から一転して沈鬱な灰色の凪。雨さえも中空で落ちるのを躊躇している。何としても蕎麦を食べようと、田園調布の兵隊家に向かう。
客はぼくただひとり。ぼくという存在が静止した店の中に動きをもたらす。穴子天せいろを食べた。天ぷらはおいしかったが、蕎麦つゆに消毒液のようなつんとした酸味を感じた。こちらの味覚がおかしいのかもしれないが。現金がないのでカードで払おうとしたが、受け付けてないとのこと。財布の中の残額284円。
意味もなく自由が丘まで歩く。脈絡もなく渋谷に向かう。お金がないので本屋で立ち読みしかできない。
大井町行きのバス。スピノザの形而上学は眠りを誘うのに最適だ。「観念は表象する。しかし、私たちはここで、みずからのありようとしての観念と、みずからのもつもろもろの観念を区別しなければならない」。(これはまだ簡単な方で、ほんとうに難解な部分は、書き写している合間に睡魔が訪れて、最後までたどりつけない。)
だが、わからないものをわかったふりをして馬鹿にしたりするのはやめようと思う。わからないものは自分の理解を超えたものとして相応の敬意を払うか、わかるまでがんばり続けるかどちらかだ。

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