くらくらしちゃう

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今週はさんざん眩暈に悩まされたと過去形で書こうとしたが、今日の昼ごろ目が覚めたら、現在進行形で迫ってきた。休みだし雨だし寝ていればいいというわけにはいかず、今日は夜から芝居をみにいく予定がある。何が何でも芝居はみたい。

ぼくもむざむざやられっぱなしというわけではなく、だいぶ敵のことがわかってきた。これはどうやら血行不良が原因のようなのだ。寝ているときにことさら血の巡りが悪くなるため、起きた直後に症状が集中する。だから安静にしていてはだめで、とにかく血をまわすことが先決。無理矢理起きあがって、何か食べたり飲んだり、肩や首筋を温めたりしなければならない。それが功を奏して、若干ふらふらはするものの何とか悪霊退散。

外に出た瞬間は雨がやんでいた。幸先のよさを感じて、久々に吉祥寺に向かうが、着いてみたら本降りだった。ちょっと本屋をのぞいたあとも状況は好転しそうにないので、新宿にとんぼ返り。

ビックカメラをのぞいてから、損保ジャパン東郷青児美術館へ。DOMANI(イタリア語で「明日」)展という文化庁芸術家在外研修に参加したアーティストたちの展覧会が開催されていた。42階にあがって500円という安価な入場料と引き換えにチケットを受け取る。

チケットを手に持ったまま、荷物や上着をロッカーにしまおうとしていると、突然その持っていたはずのチケットがなくなっていることに気がついた。パンツのポケットやロッカーの中にいれた上着をひっぱりだして探してみたが、どこにもない。もちろん、下に落ちてないか探してみたが、影も形もない。チケットといっしょに現実感も失われていった。結局のところなくても何の不都合もなかったのだが謎だ。

絵や写真をみると非現実的な感覚を感じるけど、眩暈のため頭がぼやっとしているせいで現実感がなくなっているのと区別がつかない。

最初の部屋はモノトーンやくすんだ色合いの作品ばかりだったので、二番目の大きな部屋の最初にみた吉川直哉という人の写真の鮮やかさに目を奪われた。フォーカスがぼやけて光と影が溶け込んだ中に強烈な青が浮かび上がる。渋谷和良という画家の作品は一見抽象画にみえるが、よくみると人の姿がきちんと描かれていて、記憶の森「月光」という4枚の連作では、人(たぶん男)が月に照らされた森の奥へ奥へと入り込んでいって、だんだん光が退いて影が支配してゆくのがよくわかる。

大島成己の撮る写真は無機質で人のいないオフィスをガラス越しにとって、そのガラスに木々やビルなどのまわりの風景を映し込ませるという手法をとっている。映し込みはCGのようだ。都市の整然とした雰囲気がとても気持ちいい。綿引明浩の描く絵はキリコ風の奇妙な人物や動物が不思議な空間にちりばめられている。透明なスクリーンを重ねてそれぞれのレイヤーに描くことで立体感をだしている作品は、アートというよりもっと素朴な玩具のようなものとして、手近に飾っておきたくなった。

安くてハンディーな図録だったので買ってみる。美術館を出るときに窓をのぞいてみたが、白く煙って眼下の新宿の風景は抽象画のようだった。

劇場のある下北沢へ。雨は新宿にいたときよりひどくなっている。久々に定食屋の千草に入って、揚げ豚定食を注文。店の雰囲気やメニューは大衆食堂という感じだが値段は下北沢価格で揚げ豚定食も900円する。でも、にんにく醤油の味がいいし、量もそれなりにあっておなかがふくれた。あとから入ってきた英語を母語とするらしい外人二人組は、頼もうとしたロールキャベツ定食が切れていたため、ハンバーグ定食を注文するが、片方がタマネギを苦手とするらしく、あとからネギ、タマネギ抜きと指定をわざわざつけてカキフライ定食を追加していた。さらには、泡なしの生ビールを注文。ネギはともかくとして、泡のないビールはおいしくないと思う。

劇場から出たときには雨は小降り。芝居の興奮をポケットにいれて三軒茶屋まで歩くが、ダウンジャケットはぐしょぐしょ。

コメント(2)

私の作品について感想をかいていただいて有り難うございました。あの作品は、昨年夏にイタリアのウンブリア地方で五週間滞在した際に制作したもので、作者もとても気に入っている物です。吉川直哉

作者の方のコメントをいただけるとは光栄です。手元の図録を見返してみたら、「光が描く絵」という言葉がありました。吉川さんの作品を的確にあらわした言葉ですね。すばらしい作品をありがとうございました。

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