理髪店でもバーバーでもヘアサロンでもなく床屋なのは、この前いつ床屋にいったっけ?と検索するときのためだ。その床屋は意外なくらい混んでいて、だいたい一時間、文庫本のページで70ページ分待たされ、早く出た意味がまったくなくなってしまった。
というわけで井の頭線の東松原から歩き始めたのは16時30分近くだった。羽根木公園の梅はさすがに見頃だった。酔った男が近づいてきて火を貸してほしいというので、空から雷を降らせてやった、というわけはなく持っていないと答える。もう男性の喫煙率も50%きっているのだ。甘いよ。
一向に肌寒さが去ろうとしない、たったひとつの罪滅ぼしに、さっきまで隠れていた太陽が顔をだしていた。マーラーの第九番を聴きながら、正面から西日を浴びて人気のない道を歩いていると、滅亡した街を過去の栄光にひたってさまよっているような気分になってきた。
世田谷線の松原から京王線上北沢駅前の桜並木をぬけて八幡山、世田谷文学館、再開発中の芦花公園駅前、そして千歳烏山で散歩は終わり。8.3kmだった。
7時半から駒場で芝居をみることになっているので、千歳烏山で食事をすませてしまうことにする。スパゲティーとどちらにするか迷ったが、ステーキにして、ペッパーランチに入った。渋谷駅前のペッパーランチはいつも混んでいるが、ここはぼくのほか客はおらず、眼鏡をかけた50がらみの店員がひとりですべてをしきっている、というより手持ち無沙汰でぼんやりしている。限定メニューのステーキ、ハンバーグセット820円を注文。予想はしていたが、サイコロステーキが数個と、ハンバーグの形をしたハンバーグみたいなものがでてきて、やはりこういう店は、空腹から満腹への移行を楽しむのではなく、一刻でも早く満腹になりたいときに入る店だということを再確認した。つまり、今日のような場合にはうってつけだ。
昨日に続いて今日もまた電車のトラブル。快速電車が車両故障で数分遅れ、かつ桜上水止まりになってしまった。準特急が桜上水に臨時停車してくれて、どうにか明大前にたどりついたが、井の頭線の電車が目の前で発車してしまい、次の電車まではあと10分もある。という状況なので、駒場東大前から駒場アゴラ劇場目指して走る羽目になってしまった。もう笑うしかない。どうにか開演に間に合う。
帰りは渋谷まで歩いた。たぶんその方が早いと思う。タリーズで春らしいハニーミルクラテを飲みながら、芝居のチラシをめくる。ちょっとした幸福。ブックファーストは4月から営業時間が11時までのびるらしいが、今日はまだ10時閉店で、蛍の光をききに入ったようなものだった。
渋谷の駅前では、燕尾服のような黒いスーツをきて、目も口もすっぽり覆う黒いマスクの上にシルクハットをかぶった男が、人形のようなぎこちない動きのパントマイムをしている。わけあって逃亡中で顔をみせることができないのだったら、この職業はなかなかうまい仕事だ。実際に逃亡中でなくても、自分は逃亡中だと想像しながら演技をしているのかもない。逃げるのに走る必要はないのだ。

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