
南大沢は街全体がテーマパークのようだ。おもちゃの汽車に運ばれて子供たちや大人たちが到着する。おもちゃの汽車の汽笛は録音されたデジタル音だ。
前回は鶴見川源流探しの旅だったので南側だったが、今日は北側へ。駅前と一続きの陸橋を渡るとクビ大の前に出た。まだ都立大に入学した学生が残っているので(彼らはそのまま都立大生として卒業する)、学校名として「東京都立大学」が併記されている。
遊歩道を抜けクビ大の北側の縁に沿った道を近道するため途中で曲がると、左側の草がどんどん道路側にのびてきて歩きづらくなる。足元には黒い羽がまき散らされたように散らばっていて、カラスが被害者の事件が起きたことがわかる。少なくとも密室ではない。
富士見台公園という斜面を有効に利用した公園をかすめて、大田川と大栗川の合流地点。ちょっとの間大栗川沿いに歩いたら、高さ50cmくらいのぞんざいな形の石柱に金属の球や板を彫り込んで顔みたいにしたオブジェがいくつもおいてあって、そのファンキーな表情を思わずまねしてしまう。
野猿街道を渡って北へ。やたらトンネルが続くなだらかな上り坂。まずは北八幡寺芝トンネル50m、しばらくあいて、堀之内第1トンネル120m、堀之内第2トンネル60m、そして最後の堀之内第3トンネルは265mと最長で、しかも曲がっているので視界が途切れトンネル気分((ああここはトンネルの中なんだな、という気分))を盛り上げてくれる。
トンネルの向こうは日野市。せっかくここまできたので平山城址公園をたずねてみることにする。さらに坂をのぼってどうにか入口を探しあてた。平山城が誰の居城かとかいつごろ建てられたものなのかまったく知識はないので、立て札でお勉強。
この地は遠く嘉永の昔、今より七百七十余年前、源平一の谷合戦で熊谷直實と武勇を競った源氏方の侍大将平山武者所季重の居住地で、居館の址はこの下の平山小学校内にあります。左方に突出した丘は丸山と呼び、季重居住の頃は見張所の置かれた処で、勇士の名に因んでこの苑地を平山城址公園と名付けました。
なんかよくわからないが、平山季重自身はこの公園の中には住んでいなかったということなのだろうか。中に入ってみると、石垣のあとがいくつか見られるほかは城址の「址」すらほとんど感じられない。単にワイルドな自然を楽しむタイプの公園だ。坂道を延々と下ってゆくと、せせらぎにたどりついた。さて、ここからどこへゆけばいいのかと迷っていると、物陰から若い男が飛び出してきて驚く。そこが山道の入口になっていたのだ。急峻な階段をへーこら上ってゆくと、やがて頂上。眼下に京王線沿線の街が見渡せる。
階段を少しおりて左手に進むと、六国亭という休憩所みたいな店があったが、今は閉店しているようだった。地図によるとその先も尾根道が続いていて、長沼公園にぬけられるのだが、私有地につき通行禁止なんていう立て札がかけられている。どういうわけかしらないが、通行止めになったらしい。残念。逆側に進んでゆくと、公園の入口にたどり着いた。
ナビウォークの助けを借りて平山城趾公園駅を目指すが、ぼうっとしている間にコースからはずれてしまった。すぐに補正して、どうにか到着。8.3kmだった。[地図]
遠路はるばる渋谷に出る。以前三楽というラーメン屋のことをきいて一度入ってみようと思っていた。センター街のすぐそばなので自然に見つかるだろうと、軽い気持ちでぶらついていて、一度もその姿を見ることができなかった。Google ローカルなんていう便利なサービスができたので場所をちゃんと確認して、今日はじめて見つけることができた。
いや、わからないわけだ。外観がラーメン屋でなくてカフェだし、名前も mirac になっている。しかも入口のドアが敷居をたかめていて、鬼のように重い。ひょっとすると酔っぱらいよけかもしれない。泥酔していてはあの扉をあけられない。
シンプルに支那そばの醤油味とミニサラダを注文。コンソメのような澄んでさっぱりしたスープに、堅めの麺、そして大判のチャーシュウ。なんかくせになる味だ。またこよう。ラーメンは830円でサラダは200円。
タリーズでピーチアロエのあと、ビックカメラで『サルゲッチュ3』。
そういえば、今日は今の形式で散歩の記録をつけはじめてから777回目の散歩。それなりにめでたい。

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