パッサージュ

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はっきりしない天気だが、きっぱりと恵比寿の東京都写真美術館に向かう。明日で終わってしまうブラッサイ展をみるのだ。

ブラッサイは1899年ハンガリーに生まれ、主に20世紀の前半フランスで活躍した写真家だ。パリの夜景を撮った写真がすばらしい。たとえば、パリの街の灯が霧にかすみ、その中から剣を掲げた元帥の像のシルエットが浮かび上がる。モノクロなので、光と影のあやなす文様がすべてで写真にとって色彩は二次的なものだというのがよくわかる。あとライフワークとして撮っていた落書きのコレクションもいい。プリミティブアートのような原始的な力強さを感じた。パリは落書きも違うのだろうか。このほかデッサンや彫刻、コラージュ的な作品なども手がけていて、それらも展示されていたのだけど、とても余技とは思えない完成度だった。

入口のところの説明に、「人生で起きることはすべて偶然のものだが、それらを不変なものにするのは芸術の仕事だ」というフロベールの言葉が引用されていて、なるほど確かにアーティストを駆り立てるのは、かりそめのものから本質を抜き出して永遠に残しておきたいという欲望なのだろう。それが結局ファンタスマゴリー(幻像)しか生み出せないのはブラッサイと同時代のベンヤミンが喝破したとおりだとしても、ブラッサイはまさに遊歩者で、だからこそ数々のすばらしいファンタスマゴリーを生み出すことができたのだと思う。

地下でやっていた無料のJPA(日本写真作家協会)展もついでにみる。目がくらむくらいのたくさんの写真。どれもいい出来で、中でも数点は目を奪われるようなものもあったのだけど、ぼく自身はデジカメを持ち歩いてこういう作品を撮りたいのか自問してみると、そうだともいえるし、そうでないともいえて、よくわからなくなってくるのだった。

恵比寿のアトレで早めの夕食。久しぶりにロシア料理のマトリョーシカに入ってみた。1080円の今月のランチを注文。バターライスの上にサラダと豚の冷シャブをかけたもの(どこがロシア料理かとも思うが)と、ボルシチ、それにドリンクがついてくる。ロシア紅茶はジャムの甘みがほんのりあとをひいてとても落ち着く。

雨はまだ平気そうだった。予定外だが、足が勝手に動いてしまい、ぼくもまた遊歩者になる。駒沢通りから旧山手通り。エジプト大使館前には、スフィンクスやら奇妙な面やら古代王朝の国王夫妻の像やらが祭りのように並べられている。スフィンクスに問題を出される前に「人間」といって通り過ぎる。

いつもは音楽をききながら歩いているが、今日は大竹まことがパーソナリティーのラジオ番組をPodcastにしたものを聴く。ゲストはいとうせいこうで、昔はじめて会った頃の話や今幅広く手がけて仕事の話など、とても面白い。ひとの話を聴くのは音楽とは別の楽しさがある。いとうせいこうは今44歳らしいが、いい感じに力が抜け、仕事も充実して、円熟という言葉がふさわしいような歳のとり方をしている。あやかりたい。

駒場の手前で雨足が激しくなってきた。Podcastに聞き入っていたら、いつの間にか折り畳みカサの袋がなくなっていた。柄のところについたストラップをもってぶらぶらさせていたせいで、途中で落としてしまったようだ。まあいいや。駒場東大前の駅に到着。散歩というほど歩いてないが仕方ない。電車に乗り込む。

新代田からバスに乗ろうとするが、時間が少しあったので、駅前の図書館をのぞいてみた。中は迷宮のように本でいっぱい。

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