文字通りのお勤めから解放されて外に出たら妖しいピンク色に輝く東京タワーが迎えてくれた。もう7時を過ぎていたが、あのタワーの向こうの街はまだ眠らないはずだ。
というわけで六本木ヒルズ。微妙に揺れるエレベータで52階にあがり、さらにエスカレータで53階にのぼる。そこで杉本博司「時間の終わり」展をみる。
杉本博司の作品はモノクロ写真が主だ。作品が自ら語り出すタイプではなく、どちらかといえば幾何学的で寡黙な作品が多い。むしろ、饒舌なのはその背後にあるコンセプトだ。たとえば、Theatersという白く輝く(モノクロなので当然白)スクリーンを中心に観客席を含めた映画館内の全景をとらえた一群の作品があって、ただ見ただけだときれいだなで終わってしまうが、実は映画の始まりから終わりまでシャッターを開き放しにしたと聞くと、あらためてしげしげと見つめてしまう。スクリーンに映る映画は単なる白い輝きになっているし、映画をみているはずの観客の姿すら消え失せている。長い年月の中では映画も個々の人間の存在もなきが如くとは思っていたが、わずか2時間で映画や人は跡形もなく消えてしまうのだ。
Seascapes というのは世界各国の海を、水平線を画面の中央に置き、上は空、下は海というまったく同じ構図で撮った作品群。カラーなら海や空の色がちがうけどモノクロではどれも変わらないんじゃないかと思うが、並べて比較するとどこがどうとはいえないけど微妙に異なるのがわかる。長い間みていると海ではなく砂漠をみているような錯覚を覚えた。
Diaoramas。杉本博司は博物館のジオラマをみていて、片眼を閉じてそれらをみるととてもリアルにみえることに気がついたそうだ。それで写真に撮ることを思いついたらしい。実際、それらの作品はとてもリアルなのだが、さらに片眼を閉じると立体感まで感じられてしまう。不思議だ。たぶんどんな写真でも効果が実感できると思うので、試してみてほしい。
写真として気に入ったのは、有名な建築作品をわざとピントをずらして撮った作品群。ピントをずらしたのは建築家の頭の中にあった設計図を再現するためだそうだ。確かに、輪郭から自由になって、建築物は本来のあり得べき姿を取り戻したかのようだ。
最近は写真以外にも神社の設計をして、その模型が展示されていたり、能の舞台そのものも展示されていた(期間中にそこで実際に能を上演するらしい)。
「時間の終わり」というタイトルが示すように杉本博司の作品のコンセプトにはどこかしら時間が関わっている。彼は時間についてこんなことをいっている。
時間から逃れる唯一の方法は、時間の流れに心を傾けることだ。
同じチケットでみられる東京シティービューで夜景を楽しむ。ピンクの東京タワーをカメラに収めるという下心があったのだが、ぶれぶれパンチの攻撃をくらってあえなく退散。
森都市未来研究所ではニューヨーク、東京、上海の立体模型をみることができる。ビルはその外観を含めてほぼ完全に再現されているし、地図マニアのぼくにとってはたまらないものだ。今まで働いていたちんけなビルを確認してみる。あと、『東京スキャナー』という映像作品が面白い。
麻布十番まで歩く。さまざまな肌の色、顔貌の人が行き交う。ある種のユートピアみたいな街だな、ここは。

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