久しぶりに生まれ育った家の近くを訪れてみることにした。
何度となく渡った橋はちょうど架け替え工事中で、少しずれた位置に仮橋がかかっていた。早速の変化の洗礼だ。その先の商店街もドラスティックに変わっているだろうと思ったが、ところどころ義歯のようにチェーン店がはさまっているものの、半分以上はそのままで、ただ年月の分古びているのだった。なんだか骨董品的な味わいすら感じられるようになっている。
その場所は駐車場になっている。一応満車状態で立派に役割を果たしているようで、喜ばしい。懐かしさがめばえる余裕はなくいまだに胸を騒がす夢に出てくる場所で、今日も近づくにつれざわざわした気持ちになったのだが、来てみてよかった。年配の女性が小さな子供に向かって、指をさしてなにやら説明していたが、ひょっとすると、「この場所には昔……」などといっていたのかもしれない。いずれにせよ、もうそれは過ぎ去ったことなのだ。ひとつひとつ捨ててきて、今日もまたひとつ捨てられたような気がする。
以前果たせなかった高架線路を鶴見線の電車が通る写真を撮ろうとする。本数が少ないのでちゃんと電車の時刻も調べてきた。三輛編成でシャッターチャンスは一度しかない。数分待ってシャッターを切ったが、太陽光線がちょうど正面に入ってしまって失敗。線路の反対側に移動し、もう一本すなわち十数分だけ待ったが、次の電車は向こう側の線路を通ったので、全然見えなかった。時間はあったのだから考えるべきだった。もう十数分待つ気力はなく撤退。
京急花月園前駅。京急の踏切を渡るとその先にははるかに手強いJRの踏切が待ちかまえている。東海道線、京浜東北線、横須賀線がひっきりなしに通り過ぎるので、なかなか開いてくれない。右の矢印が消えてあとは左だけと思っていると、左が通り過ぎる前に右が点灯する。そんなこんなであきらめかけて歩道橋を渡ろうとしたが、京急の踏切も閉じて退路をふさがれていた。だが、そのあとすぐJRの踏切が開いて結果的にはよかった。
鶴見駅の西側はうってかわって閑静な住宅街だ。水道道という名前の通り下を水道が通っているまっすぐな道をまっすぐに歩いてゆく。東横線のガードをくぐったあたりで目的地を新横浜に定めて、まっすぐをやめる。階段をのぼりつめると、小さな公園の端から新幹線新横浜駅の長いホームがみえた。眼下に細い道が切れ切れにのたくっていて、たぶんそれをたどってゆけばだどりつけるはずだ。
何気なく入ったラーメン屋のラーメンがそれなりにおいしかった。
カフェで隣に座っていた女の子たちは日本全国かなりあちこちいったことがあるらしい。次どこいこうという話でもりあがっていて、大阪、静岡、宮崎、福島、金沢といろんな候補があらわれては消えていった。ぼくも負けずに、次はどこを歩くか考える。

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