中央線の中で対面に座っていた初老の男性が読んでいるのは『草は歌っている』という本だった。そのタイトルから春の草原の風景を思い浮かべるが、電車の外は冷たい冬だ。だが、さっきまでぱらついていた気まぐれな雨はあがり、それなりに力強い日射しが雨上がりの街をきらきらと照らし出していた。
立川駅北口のコンコースは真新しいビルの隙間を縫うようにはりめぐらされている。モノレール東側の広大な空き地の手前で浮力が尽き、地上におろされた。目指すは立川と国立のちょうど中間あたりから北に伸びている、栄緑地という名の遊歩道。地図で見るとかなり長いので興味をもったが、合流した地点がかなり北側で、しかもそこからさらに北に進んでしまったため、あっという間に終わってしまった。
散歩を運動不足解消に役立てるため、緩急をつけて、次の信号までは早足で、その次の信号まではゆっくりということを試してみたが、長続きしなかった。
五日市街道と西武国分寺線がぶつかるところにあるバス停の名前は西武線踏切だった。五分考えるだけで別の名前が思いつきそうな気がするのに、なぜよりによってそんな名前にしてしまったのだろう。
北の空に、灰色の雲が大掃除で吹き飛ばされた綿埃のように積み重なっていた。沈む夕日を受けて、上端の部分が真っ赤に燃え上がっていたが、誰かが吹き消したかのように突然消えて、徐々に夕闇の中に溶けていった。
国分寺で散歩を終えて、吉祥寺へ。意図的に探したわけではないのに、本屋で『草は歌っている』を発見した。一瞬、信じられない偶然と思ったが、今年のノーベル文学賞を受賞したドリス・レッシングの作品で、それなりに注目され話題になっている本のようだ。偶然というより必然だった。

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