電車の中で対面のガタイのいい男性が読んでいた分厚い本は『知覚の現象学』というタイトルだった。ぼくはひとりで著者名当てクイズをはじめて、「メルロ・ポンティ!」。ピンポン!もちろん、メルロ・ポンティなんて読んだことないけど。
上野から歩き始めて寛永寺から谷中霊園の入口。何度も歩いているけど、別の時空に迷い込んでしまったような静けさだ。山をおりた鶯谷のホテル街にあるのはまた別の種類の静けさだ。人通りが少ないのに派手な服装の街娼がうろついていて、遠近感がくるうような感覚を味わわせてくれる。
日暮里駅前は新交通システム舎人線の駅舎が完成していて、JRとその駅舎を連結するコンコースが準備されていた。開業は3月30日。舎人線が乗り入れる足立区なんてめったに散歩しない場所だけど、だからこそ乗りに来なくては。
西日暮里の手前で、駐輪場に使われているJR線路下のトンネルをくぐると階段があって、のぼりきると諏訪神社に通じている。眼下に線路の群と、西日暮里の街が見渡せる。はじめてその構造を知ったときは、かなり感動したものだ。
参道をぬけると東京で唯一ほんとうに富士山がみえるといわれた富士見坂がある。「いわれた」と過去形なのは、眺望をさえぎるペンシル型のマンションがたってしまったせいで、いまでも見えること見えるが画竜点睛を欠く状態なのだろう。「だろう」と推量形なのは、いずれにせよ夕暮れ近くのこの時間では富士山が見えようがないからだ。あのマンションの窓から見える富士山は美しいのだろうか。
駒込病院前の動坂をのぼっていくと向こうから左半身に障害を負った男性がやってきて、歩きづらそうで大変だなと、中途半端な同情心を浮かべたが、通り過ぎざまにみたその男性の唇をゆがめていたのは、苦痛ではなく喜びのような気がした。歩く喜び、身体を動かす喜び。ぼくがもつべきだったのは安っぽい同情なんかじゃなくて喜びに対する共感だったのだ。
巣鴨あたりに行き着こうと思っていたが、ぐるっとまわってまた駒込病院に戻ってきてしまった。道を選んで一つ手前の駒込まで。
芝居をみるために渋谷へ。その前に、本当に睡眠時間を短くする方法 - ノッフ!という記事を読んだので、アドバイスに従って安眠グッズを買い込む。ほんとうに眠りが浅いのだ。
先週、内田光子がムンクの『叫び』のように頭をかかえた姿がポートレートとしてとてもよく撮れていたので、思わずベートーベンのピアノソナタNo.30-32のCDをジャケット買いしてしまったが、聴き込んでみるとほんとうによくて、iPodでヘビーローテーションしている。それに味をしめて、今度はNo.28, 29を買った。29は大曲『ハンマークラヴィーア』だ。



コメントする