曇っているのに、遙か北に壁のようにそびえる丹沢山地の黒い山肌が、やけに克明にリアルにみえた。それだけ山の近くにきたということなのだろう。やってきたのは湘南台。湘南といえば海だが、「台」がつくだけで、一気に山がちになってしまう。
湘南台に来るのは二度目で、一度目は、10年近く前に散歩ではなく芝居を観るためにやってきたのだった。そのときは街全体が工事中という感じだったが、今日みてみると、すべて建物は完成して、都市の外観は備えているものの、人通りが少なくあまりに閑散とした印象で、一番街らしいのは地下通路だった。
前回芝居を観た劇場を通り過ぎた先は公園になっていて、さらにまっすぐいくと、境川という川にぶつかった。その名の通り藤沢市と横浜市の境界だ。川沿いに少し下流に下ったところで、せっかくだから横浜市側にも足を踏み入れておくことにした。対岸は遊水池のせいで道が蛇行していて、かなり大回りさせられた。その遊水池は公園として整備するため大規模な工事中だった。一部開園しているが、いまのところ人を引きつけられるものはほとんどなく、犬を散歩させている人が通り抜ける程度で、ビオトープの池でサギが静かに羽を休めていた。
再び藤沢市側にもどり川から離れるが、右手の山をなかなか越すことができなかった。ようやく道をみつけたが、急な上り坂が続いて息が上がる。
善行を積んだ人しかたどり着けないということもない小田急江ノ島線の善行(発音は「ぜんぎょう」)駅を越えて、鉄道開業前の藤沢の中心地だった藤沢本町の方に向かうと、前方に白地に赤い線の入った塔が見えてきた。それが清掃工場の煙突だということはすぐにわかったが、修道院前というバス停の名前をみて、ぼくの頭は妄想にとらわれてしまった。長い螺旋階段をのぼっていくと最上階に小部屋があって、新入りの修道女は夜明け前に灯りもつけずにその部屋にひとりで入らされる。やがて、日が昇ると小窓から光が差し込んで、修道女の胸を照らし、それはまるで神の訪れのように思われる。もちろん、その修道女は眼鏡っ娘だ。
暗くなるのと同時に藤沢にたどりつく。山側からアプローチした藤沢は、心なしか輝きが少なくなったように思えた。今日わかったのは、ぼくは断然山より海が好きだということだ。船酔いするし、泳げないけどね。


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