時計の長針はもうすぐ真上をさそうとしていて、短針はそれより150度くらい先行していた。
新宿駅東南口下の路地では男女混合の5人組が普段着で舞い踊っていた。いかにも何かの練習という感じだったが、それなりに楽しそうだった。
警官の姿が目立つ歩行者天国をくぐりぬけて、新宿文化センターに続く通りへ。伝説の飲み屋街ゴールデン街の脇をかすめて明治通りを渡ると住所が新宿六丁目に変わり、新宿文化センターはもうすぐそこだ。はすむかいの広大な空き地はまだそのままだし、ただ経年変化だけが進んでいる感じだった。そういえば、文化センターのすぐそばには東大久保一丁目アパートという古びた中層住宅や東大久保公園という小公園があり、昔このあたり一帯の地名が東大久保であったことをうかがわせる。やはり、不動産的に価値が高くなりそうだから新宿六丁目になったのだろうな。抜弁天の向こうの新宿七丁目になってしまうと、地理的にはもう完全に大久保であまりにも無理矢理だ。余丁町も新宿八丁目になりそうだったのが、住民の抵抗で地名を守り通したという話をきいたことがある。
何をいまさらといわれそうだが、ようやくマクロ写真の撮り方がわかったような気がする。オートフォーカスは使わない。それだけだ。ピントが合う範囲を細かくコントロールする必要があるし、少し動いただけでも大きくその範囲がずれてしまうからだ。
団地の中の小公園に塗装がほとんどはげてしまった動物の形をした遊具がおいてあった。残った塗装のカラフルさがポップでさみしい。
副都心線の西早稲田駅は駅名から想像するよりかなり南側で、山手線でいうと新大久保と高田馬場のちょうど中間くらいに位置しているのだった。そこから新大久保までもどり、中野坂上まで歩いた。
丸ノ内線で東京駅にでる。


コメントする