擬人化していうと、夕涼みと待ち合わせをしてから出かけようと思っていたが、出会えないまま時間ばかりが過ぎ去り、もう遠出はできなくなっていた。比較的近場でもっとも想像から遠い場所ということで、川崎から京急大師線に乗り込んだ。
車内を埋めていた乗客は川崎大師であらかた降りてしまって、終点の小島新田まで乗っていたのは器用な人なら両手両足の指で数えられるほどだった。町工場とバラックに毛が生えたような住宅が混交し、昭和40年代で時がとまったような端っこの街にも少しずつ現代はやってきていて、それは具体的には鉄筋建築のアパートメント、つまりいわゆるマンションなのだった。いいものであれ悪いものであれその土地固有のものを覆い隠し、モダンでこぎれいな生活をもたらす魔法のような空間だ。
産業道路を渡ると別の煙突が姿を現す。銭湯の煙突だ。今日歩いた道筋に5,6軒はあったような気がする。もっともそのうち何軒が現在も営業してるのかわからない。今や、入浴料も430円で(神奈川県の金額。さらに値上げを検討しているらしい)、内風呂のない人は大変だろう。
かつて職住近接の工場労働者とその家族で賑わっていた街は、その記憶すら失って、徐々にマンションとスーパーマーケットとコンビニで覆われてゆく。でも、それでいいのだと思う。そしてぼくのカメラは今日も撮るものをみつけられない。
川崎駅に近づくと、さすがに街が華やぐ。昔、頻繁に足を運んだ仲見世通りという飲食店街。変わってないような気もするし、変わったような気もする。少なくともぼくの記憶は劣化してしまったようだ。
川崎駅の南武線ホームにせせらぎというえんじ色の車両が停車していた。中は座敷になっている。いわゆるお座敷列車というやつだ。調べたらこの連休中「お座敷もも狩りエクスプレス号」として川崎から南武線、中央線経由で甲府まで運行していて、ぼくがみたのは一仕事終えたときだったようだ。


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