雨のコンパニオン

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手動開閉式のドアをあけてホームにおりたつと、包み込む空気は案外気持ちよくて、夏以外の季節の存在を思い出させてくれた。それは微かに頭をぬらしている雨粒が運んできたものかもしれないが、すぐに観測限界以下に弱まった。

それ以外にそれらしき道はないから、改札前の踏切から伸びる道がつまりメインストリートということになるのだろう。何を売っているのかよく分からない店が点々と散在するその街路を闊歩するのは半被姿の男たちで、今日は夏祭りのようだったが、御輿や祭囃子の気配はどこにも感じられなかった。書き忘れたが、そこは五日市線の東秋留だ。

南下してゆくと道幅がだんだん狭くなって、行く手の山がだんだん大きく見えるようになってきた。山の向こうの空が一瞬閃光にきらめく。稲光だ。また雨が落ちてきたが、まだカサが必要なほどではなかった。山の手前には秋川が浪々と流れていて、橋を求めて迂回したが、結局山を越えなくてはいけないことに変わりない。

結局汗だくになって森と森に挟まれた道を上ってゆく。雨間という土地に入ると雨は俄然力強くなったが、枝を伸ばした木がいい雨よけになってくれた。

どこまでも続くと思われた森だが、犬目という区域に入ると周囲の風景が少しずつ街らしくなっていった。街のとば口にある延立寺という寺の門前に以下の言葉が掲げてあった。

「人は、出会いによって人に成る。私は、あなたに出会って私に成る」

ちまたでありがたられる安っぽい自己肯定的な言葉と違って、深みのあるいい言葉だ。人は生まれたときから人であるのではなく、他者と出会うことによって人になってゆく。そのプロセスに終わりはなくて、絶えず変化に向けて開かれているのだ。私らしさなんていうアイデンティティーゲームはくだらない。「私」というものはこれまで出会ってきた様々な他者の断片から構成されている。

街の賑わいはクライマックスをむかえないまま尻すぼみになっていって、それとともに再び稲光がきらめきかなり雨足が強くなってきた。ぼくはたまたま放置されていたカサを有効利用させてもらうことにした。透明のワンタッチ傘だが、持つとずっしりと重い。

雷が怖くて早足で歩いたのでかなり疲れた。西八王子方面への道に入って全長345mの真新しいつつじが丘トンネルを抜けると、ようやく雨脚が弱まってきた。これまで心強い道連れになってくれたカサにまた次の活躍の機会を与えるべく、公園で別れを告げた。こうしてあちこちを渡り歩いている放浪傘なのかもしれない。

ようやくたどりついた西八王子駅周辺もまた夏祭りで、色とりどりの衣装を着た女性たちが集っている。ただし、という接続詞をつけるのは思い切り失礼だが、年齢層は若干高めだ。どうやら、彼女たちは周辺の各地からやってきた踊りの団体で、演技を披露するのに雨があがるのを待っていたようだ。さあ、ようやく本番だ。このためにずいぶん前から練習したのだろうな。

写真は全然撮れなかった。

ほとんど食事をするためだけに吉祥寺で途中下車し、そのあと井の頭線で新代田へ。久しぶりに大森までのバスに乗る。乗っている間に、背後に座っていた小学生男子の自由研究がお菓子作りに決まった。

天気
曇りときどき雨
散歩
東秋留駅~東秋留橋~高尾街道~つつじが丘トンネル~西八王子駅(11.8km)-[地図]
写真
0/7
飲み食い
おひつ家(吉祥寺):サバの塩焼き定食-700円

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