シンラコウこと台風13号は東の海上でまどろんでいて、その夢の中でぼくたちは秋の日射しをあびている。
アパートの階段の手すりのところにカマキリ(腕の付け根が赤いところをみるとチョウセンカマキリらしい)がじっとしていた。昨日の風雨を生きのびてほっと一息というところだろうか。重いので今日はマクロレンズをおいてきたのだが、あわてて部屋までレンズをとりに引き返す。カマキリは待っていてくれた。はいチーズではなく、はいワーム。カシャ。
葛飾柴又は、下町なんかじゃ全然なくて、農村地帯がそのまま郊外化したような地域だ。京成電鉄と帝釈天の間は商店街があってそれなりに賑わっているが、それも下町ではなく観光地のそれだ。この誤解をもたらした犯人はいうまでもなく『男はつらいよ』だ。昔、寅さんはオルタナティブな生き方を体現するヒーローなのかと思っていたが、実際映画をみたら、メインストリームの生き方からはじき出てしまったがゆえにかえってそのメインストリームの価値にあこがれを抱いている悲しい男に描かれていてげんなりした覚えがある。
とはいえ、江戸川沿いの柴又から金町、水元にかけては東京東部にありがちな中途半端に下町を装いかけて失敗したさびれのようなものは漂っておらず、純粋に郊外ののどかさがあって、それなりに楽しく歩けるのだった。丈の高い草に傾いた日射しがあたって、地面にできたまだらな模様を踏みつけて進んでゆく。
水元公園の東端、現在整備中の区域。散歩中の犬が二匹駆け寄ってきたので頭をなでてやった。雨の中をぬけてきたみたいに微かにぬれていた。地面に落ちた長いヒモが一瞬ムカデに見えた。
そのまま広大な水元公園の中に足を踏み入れようかと思ったが、きまぐれで右手にそれてみると埼玉県三郷市だった。
第一パンの巨大な工場は埼玉県側にあるにもかかわらず、東京都側の地名、金町工場を名乗っている。子供の頃、第一パンをずっと「ネーパン」だとばかり思っていた。
どの道にもつきまとう側溝。未整備の歩道。街灯と街灯の間の暗がり。ぼくの思う埼玉の風景がまさにそのまま眼前に開ける。そして、夕暮れの空を不思議なリズムで飛び回るコウモリたち。その動きをみているとまるで耳の聞こえない人のための音楽みたいだ。
長い長い遍歴の末、つくばエクスプレスの八潮駅にたどりついた。


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