ふだんより気持ち早く home を出て、先頭の "h" を取り除いたら、 ome の街にたどり着いた。それにしても青梅は遠い。もう日没まであまり時間は残されていなかった。
昭和の街というキャッチフレーズで、往年の映画のポスターをはりまくっているからだけでなく、青梅には他の郊外の街にはないユニークなものを感じる。郊外の街は、にぎやかでもさびれていても、あるグラデーションの範囲に収まっているんだけど、青梅にはそこからはみ出す何かを感じるのだ。それが何かはまだわからない。
秋川街道に入って、多摩川にかかる調布橋を渡る。調布という地名は、多摩川周辺にいくつかある。大田区の田園調布、調布市、そしてこの青梅市の調布地域(町名としては残ってない)だ。調べてみると、律令制度の租庸調の「調」で布を納めていたところからついたらしい。その昔多摩川で布をさらしたということなのだろう。
調布橋を渡ってしばらくは市街が続くが、なだらかに坂をのぼっていくにつれ両側から山林がせりだしてくる。青梅市民斎場を通り越したあたりから、だんだんボディーブローのように坂をのぼる疲れがきいてきて、足運びと気分のギアがローになる。まだ音楽があればよかったのだが、あいにくイヤフォンを忘れてきてしまった。
路傍にヴィデオテープのような黒いテープがむきだしになって破棄されていた。ここから南にいった秋川から八王子にぬける峠道にも同じようにして廃棄してあるのを夏にみかけたけど、単なる偶然だろうか。それとも今組織的な陰謀が着々と進行しているのだろうか。
車に脅かされながら、曲がりくねった道路の端を歩いているうちに、何でこんなところを歩いているのか、いたたまれない気分になってきたが、前方にあらわれた日の出町という標識で、今日の目的は達成された。東京都西多摩郡日の出町というと、ロンとヤスの日の出山荘しか浮かばないんだけど、とにかく山奥のものすごい秘境というイメージだった。ところが先日、地図をみていたら、青梅とあきる野市の間にあることがわかって、これならふつうに歩けるじゃないかと、ひそかに計画を練っていたのだ。日の出町に入って、さらに周囲の山は深くなる。
二つ塚峠で山をのぼりつめて、あとは下り坂。心も少し軽くなる。左手にひので斎場への分岐がある。なんかこの峠は両側に斎場があって、葬送行進曲が空耳で聞こえてきそうだ。こんな山の中にあるのは、それだけ、斎場の存在が住民から嫌われているということなのだろう。あらたに斎場を造ろうとしているところでは、例外なく周辺住民が反対運動をしている。住民エゴというよりも、この国では結婚、子育てのありかたが転換期をむかえて、それをうまく乗り越えられずに、少子化になってしまっているけど、それと同様死のあり方もまた転換期をむかえているのだ。
あたりに民家がふえてきた。ようやく山とはおさらばだ。ついでに秋川街道ともおさらばして、アスファルトが真新しい細い道に入り込む。一安心したのもつかの間、歩いても歩いても、街はみえてこず、むしろ逆にさみしくなり、山が前方と右手からせまってきた。一瞬不安になるが、結局はその道で正しかった。どうにか市街といっていい通りに抜け出た。そこからJR五日市線の武蔵増戸駅まで。増戸は「ますこ」と読む。
電車は1時間に3本で、寒い駅舎でさんざん待たされた。さらに、乗換駅(拝島、立川)でもよくこれだけ接続の悪いダイヤを組んだものだと詠嘆するくらい待たされて、散歩を終えてから吉祥寺に着くまで80分かかった。身体が冷え切って、頭痛がしてきたが、食事とコーヒーで暖をとったら落ち着いた。


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